第3話 円卓の食堂
うちの高校、私立三毛猫大学附属高等学校には購買の他にも食堂まで完備されていた。食堂は教室6個分くらいの大きさでそこそこの席数が有り、良くある長机の他に円型の机も端の方に置いてあった。
多くの生徒は食堂を利用している為キッチン側に近いところに座っている者が殆どで、端に座っている者の多くが他クラスの友達と食べたりクラスに居づらかったりというような感じである。
かく言う俺も特段クラスに居づらいわけではないが、かと言って誰と話すわけでもなくポツンと一人飯を食っている。隣には俺と同じ様に一人で飯を食っているゴミ箱が鎮座しているのだが、コレまた不思議なことに彼女の机にはクラスメイトからの御供物…つまりはお菓子が常に積まれているのである。本人は気が付いていない様だが、これはクラスメイトから相当愛されている証拠である。そう考えると俺と同列だなんてそれまた烏滸がましい事かもしれない。
べ、別に羨ましくなんて無いんだからねっ!!
と俺の心が叫びを上げたので気分転換にでもと思い、お弁当を持って食堂で食べることにしたある日のことである。
初めて来た時は広いのなんのって感動した。前にいた高校は公立の昔ながらのオンボロで中学の時と比べても目新しいものは殆ど無かったし、食堂なんてモノも無く、購買の様な地元の店、弁当屋とかパン屋とかが学生の足元を見る様に高い金額で商品を売りに来ていた。
それに比べると食堂も購買も学生に良心的な価格であり、これが公立と私立の差なのかもしれないと納得したほどだ。
残念ながら今日は弁当を持参しており、近いうちに利用てみようと心に誓った。
俺は周りを見渡してから空いている円卓の席に座ってお弁当を広げて食べようとすると、背の高い女生徒…恐らく歳上?の人が声をかけて来た。
「一年、前座っても良いか?」
ぶっきらぼうな声と面倒臭そうな顔にボサボサな少し明るい茶色がかった髪、そしてブレザーの代わりに前チャックのパーカーを着てシャツをだらし無く出している…。
ヤベェ怖い人に絡まれた。断れば絶対に殺される!と思った俺は二つ返事で歓迎した。
「だってよ。早く座れよ。」
やんちゃそうな先輩が仲間を呼んだ!?
ちくしょう…食堂に来るんじゃ無かった…。
見知らぬ長い黒髪の女生徒がもう一人俺の前に座った。
「いやぁすまないねぇ少年。」
ん?
それは以前どこかで聞いた様な声だった。
「僕だよ僕。この前案内したろ?」
え!?
あ、なるほど(分からん)。
「戸惑うのもムリは無い、何たって僕は今ウィッグとメイクで変装してるからね。こうでもしないとお昼をゆっくりできないのさ。」
どんだけ人気なんだこの人は…。
「そうだ、君にも紹介するよ。僕の友達の久利生だ。彼女は実に優秀でね、僕のメイクをしてくれてるんだ。何かあったら彼女を頼るといい。」
「おい、勝手にあたしの面倒を増やすな。ただでさえお前のお守りで手一杯なのに。」
「いやぁ〜君が優秀だからだよ。」
「この野郎…。」
あ、なんか急にいちゃつき始めた。
「皐月、そういやお前はコイツのこと知ってんのか?」
「そりぁもちろん…。」
「ちげぇよ、ちゃんとだよ。ちゃんと。」
「そうか…そうだね。僕とした事が…。」
彼女は何か気がついたのか俺の方をしっかりと向いた。
「まだ僕はちゃんと名乗っていなかったね。三猫院皐月だ。3つの猫と書いてサンミョウと読む。君の名前も教えてくれるかい?」
「俺は大谷千春って言います。」
「千春かぁ、いい名前だ。これからもよろしく。」
「はい、よろしくお願いします。」
「そうだ、君は学校にはもう慣れたかな?」
「まぁぼちぼちですね。」
無難な答えを返す俺を三猫院先輩は少し寂しそうな眼で見つめた。俺も最高ですって答えられれば良かったのかもしれない。だけど今の所は凄く悪いという訳でも、良い訳でも無かった。モノ足りなさは有るけど…。
「そうか…。人間時には忍耐も必要なものさ。物理的に解決できない問題は時間に委ねるしか無いからね。」
時間が解決する…か。そうであって欲しいなと思う。俺が転校して来てからそう時間が経ってる訳でもないし。
それから俺たちは飯を食いながら、学校のことやバカ話をしてお昼休みを楽しんだ。
先輩方は最後に「寂しくなったらいつでも声をかけてくれよ。」と言って教室へ戻って行った。
今の俺には寂しさとかそういった感情が大きく心を揺さぶった訳ではなく、ただ漠然とこんなもんだろうなと、そう思っていた。
だけどもしかしたら、こうやってクラスじゃなくて食堂に来ている俺はどこか閉塞感の様なものを知らず内に感じていたのかもしれない。
「声…か。挨拶だって恥ずかしいのに。」
それでも自分を気遣ってくれる人が居てくれるのは嬉しい事だと、改めてそう思った。