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桜花の学び舎 ~春の陽気に誘われて桜と茶会の高校見学~

作者: 和泉守@m

 冬の低い雲が追い払われ、ようやく日差しが暖かくなってきた。

 そんな春の陽気とは裏腹に憂鬱な日々を送っている私。


(春休みが終わったら嫌でも進学先を考えなくっちゃ…)


 なんとなく進学はすると思うけれど、どの高校に行けば良いのか分からない。


 友達はー

 友達と行けるところが良いとか可愛い制服が着られる所が良いとか

 両親はー

 好きにしていいって。

 担任はー

 成績は良いから選り取り見取り

 自由過ぎてかえって選べない。

 お婆ちゃんは自分が通ってた女子校を勧めるありさま。


 人生の一大イベントではあるけれど、未知の領域過ぎて決めかねている。

 だって私は中学三年生。誰かかに何かを決めてもらうのは嫌だけど、自分で選択する自信がそれほどある訳でもない。


 このもやっとした感情を解消するため電車に乗って隣街へ。その最中にふと外を眺めていると、一本の桜の木が花を咲かせているのに目が留まった。


(ああ…もうこいう時期なんだ)


 そう思って車内を見回すと桜と、お城が写っているポスターが目に入る。

 桜祭り~氷山城公園ひやまじょうこうえん


(花見だ)


 車内に次の停車駅がアナウンスされる。氷山駅ひやまえき…公園の最寄り駅である。隣街へは別段用事があった訳でもなく、思いつきで途中下車するのも悪くない。女の子一人の花見…周りから見れば変かな?幸い今日は快晴で花見には良い。


 改札を出てターミナルを曲がり、道なりに歩くと掘りに沿って桜並木が続く。

 公園は城跡を利用している。石垣が途切れたところに桜祭りと書かれいるゲートが見え、それをくぐると緩やかな坂が続きそしてお城の門が見える。お城には幾重にも堀がめぐらされ、縁に沿って桜が植えられている。


 門をくぐるとまた坂を登る。登り切ったそこは広場になっていて、思い思いに花見を楽しんだり、シートを広げて場所取りをして居る人たちが至る所に見えた。


 公園内の至る所に色とりどりの桜が咲き誇り、私を楽しませてくれる。

 家族と一緒に花見をしたのは小さい頃だっけ。中学に上がってから遊びに連れて行ってもらっう事はさほどなくなったが、それが不満という事はない。


 やがてお城で一番高い場所――天守跡に辿り着く。建物の無いお城跡だけど石垣は残っており、展望を期待して登ってみた。お城は小高い丘に作られていてこの平野を一望できるのだ。


(お城のそばに学校が見える…)


 そう言えば氷山高校ひやまこうこうがあることを思い出した。進路調査で聞いていた名前だが、場所は意外と知らないものだ。


 この学校へ進学するか分からないけれど、折角来たのだから遠目で様子を見る位していこうか。ちょっとした話題になるかもしれない。




 本丸のある広場の掘りを渡るとすぐそこに学校はあった。花見客も学校に遠慮してか見当たらない。お城に併せてかへいはお城にあるような瓦が乗っている。塀沿いに進むと校門があり、興味本位で中を覗いてみた。


「さっきから熱心に覗いてるけど学校に何か用?」


 不意に男の人から声をかけられ慌てて振り返った。学校を注視して気配に気づかなかった、ばつの悪さを隠しつつ。


「君は中学生みたいだし…ひょっとして学校見学?」

「ええ…まあ」


 思わず固まってしまい言葉を発するのがやっとだった。

 改めて男の人を見ると制服を着用しており、どうやらこの学校生徒の様だ。外見は少し冴えない感じたろうか。あっ…初対面なのに失礼か。

 とは言えこのままだと不審者に思われてしまうかな。どうしよう?


「遠慮せずにどうぞ。案内するよ」

「部外者なんだけど…簡単に入れて良いの?」

「問題を起こすわけじゃないだろ?」

「それはそうだけど…」

「誰かに言われたら親戚を案内してるって誤魔化すさ。これでも生徒会長で、先生からは信用されてるんだけどな」


 私の事はお構いなく…と内心思いながらも会長さんは、はにかんだ笑顔で話しかけてくる。判断がつかないまま会長さんは守衛さんと話をつけている。やることが早い。そっとその場を離れようとした時…


「温かい飲み物を御馳走するよ。なんならお菓子も」


 その一言で私は釣られた。




 校門をくぐると、並木道の向こうに校舎が見える。高校ってこんなに広い敷地があるの?心の中で思わず叫んでしまった。とはいえ動揺する心を抑え平静を装う。


「校舎まで歩くね」

「ゆったりとしてる空間だろう。お城の跡地を利用しているから」

「へえ…ここもお城?」

「駅の辺りも城跡だね。掘り返せば遺構が見つかることもあるよ」


 お城と言ったら、立派な建物ぐらいしか思いつかない。学校があるのは二の丸跡で、お城の施設が沢山あったところらしい。お城は結構広いのだ。そう言えば庭園があるお城とか、旅行好きの人からそんな話は聞くな。


「校舎に入るのなら裏門からの方が歩かなくて済むんだけど、駅からは遠いし裏門は車を使う先生の専用みたいなものかな」

「それって先生が楽したいだけ?」

「城跡を学校にしてるから間取りにいろいろ制約があるのさ」


 この学校に入学できたなら毎日この距離を歩くのか。今の所の皮算用だけど。


「中学校の登校を思えば、自宅からずっと歩きじゃないだけ楽か」

「他の学校だと駅から歩く所もあるからね」


 進学先を選ぶのなら、そういう環境も調べておくべきなのか。資料だけだと分からない事もあるんだ。

 校門から歩きつつ周りを見てみると、ベンチや街灯ちょっとした公園を思わせる作りになっている。暖かい日には外でおしゃべりとか楽しそう。所々にある花壇にはチューリップも咲き始めている。それに気づいたのか会長さんが


「その花は園芸部が育ててるよ」

「中学校じゃ当番でやってるんだけど…」

「自分たちでやりたいんだって。予算を組んで色々やってるよ」

「当番で嫌々やってる生徒もいるのに高校って変わってる」

「そこは中学と高校の違いがあるのかも。自分たちでやれることが多くなってるんじゃないかな」

「高校って勉強だけしてればいいって思ってた」

氷山うちは自分たちで環境を作ろうって伝統があってね」

「ふーん。やりたい人がやるなら楽かもね」


 花壇ひとつでも違いがあるんだと少し高校の事を知った気がした。歩みを再び進めると、校舎に向かって右手に白色の木造建築が見える。


「あの建物は?」

「講堂だよ。寄ってみる?」


 入口の観音扉を開けて中に入ると、木と埃とカビの入り混じった独特な匂い。でも嫌な感じではない。中の様子は小さな体育館といった感じで、窓から木もれ日がさし暖かで厳かな雰囲気を伝える。


「戦前の物らしいけど、今でも集会や部活とかに使われているよ。木造の建物は珍しいだろ?」

「映画とかで使われそう」

「ごく稀に撮影に使われたりするよ」

「確かに映えるね」


 ステンドグラスがあれば、古い教会ぽくなるなと想像を働かせてみた。

 ふと会長さんを見ると、小窓の所で何か作業をしている。


「何をしてるの?」

「窓を開けて風を通してる。春休みでしばらく使われてないから」


 キュッキュッと小さな音がする。なんだろうかと首をかしげてると


「ねじ込み式の鍵は見たことが無い?」

「これが鍵?」

「古いだろ?昔のままだから」

「よく残ってね」

「重要文化財級の建物だから現状の変更は面倒らしいね。それにまだ使えるものだから無理に変える必要もないし」

「それもそっか」

「校舎も古いから進学する気なら覚悟して」


 会長さんの一言で現実に引き戻される。一通り講堂を見て回ると、向かいにも建物が見える。あちらは講堂と違って真新しい堅牢な作りをしている。


「向かいの建物は?」

「あっちは図書館。火事とか湿気とか蔵書を守るために、新しい建物になってるんだ」

「へえ独立した建物になってるんだ…中学校とは違うな」

「何か気になる本でもある?それなりに蔵書はあると思うけど」

「推理小説なら読むかな…でも新作って読める?」

「枕に出来るような分厚い推理小説ならあると聞い事が…」


 中学の図書室と比べて、娯楽寄りな本も置いてあるのは違いなのか。そういう点では楽しみな所だと思う。ちょっと顔がほころんだのか、本が話題になるとみて会長さんが質問をして来た。


「じゃあ推理小説が好きなら歴史とか好き?」

「どうしてそれを?」

「同級生でそういう奴が居るから何となく。歴史には何故?な所があるから、そういう謎を知りたいのかなって」


 チョットしたヒントでズバリ当ててくる会長さんって侮れないものがある。趣向返しと言う訳ではないが、冗談で返してみた。


「じゃあ将来はいっそ、謎解きの探偵さんにでもなろうかな」

「そりゃいい」


 笑顔でそう答える会長さん。意表を突けなかったか。いや何を張り合ってるんだろうか私。現実の探偵さんはドラマの様にはいかないのは知っている。




 揺らり歩くと校舎に到着。建物の外観は――鉄筋の建物の様だが古いつくり…過度の装飾は無いものの、かといって機能を優先した無機質でもないと言ったところ。通っている中学校より好きになれる外観だ。


「じゃあ校舎に入る前にお茶にしょう。校舎の裏手に食堂があるから」

「食堂?」

「えっと君の中学校はお昼給食?それともお弁当?」

「給食が出るけど…」

「高校は給食は無いからね。遠くから通う生徒に、弁当を用意するのも負担があるだろうし」


 高校は義務教育でないこともあり、お昼は自前で用意することになる。この辺りも中学と違うんだ。


「お昼は戦争みたいな風景を見られるよ。人気のパンが争奪戦になったり限定ランチが売切れたり」

「お昼で争いになるのは嫌だな…」

「だから早めに授業を終わってくれる先生は人気が出る」

「それはわかる」


 お昼は戦争か…お弁当の方がゆっくりできるのだろうか。まだ先の話しなのに身構える必要もないのだけど。玄関は通り抜けできるようになっていて、すぐ校舎の裏手に回れた。少し離れたところには体育館。どこかの運動部だろうか掛け声が聞こえてくる。


「春休みでも熱心に部活をしてるんだ」

「クラブの数が多くって、施設やグラウンドが使える時間に限りがあるからね。割り当ての時間は貴重だし。ところで君は何か部活動は?」

「特に…走ったりするのも苦手で」

「うちは文化部も充実してるから」


 会長さんは部活は学校生活の華!と力説するが特に打ち込んでいるものが無い私には<琴線に触れる事もない。読書は好きだけどそれは個人でもできる事。帰宅部一直線かな。なんとなく未来図を考えていたら、ガラス張りの建物が目前に見えて来た。


 校舎や講堂は古いのに食堂は小綺麗。おまけにオープンテラスが利用できる庭まで用意されている。やはりご飯は美味しく食べたい。


「ここが食堂。春休みで食べ物は売ってないけど、部活で利用する人が居るから飲み物の自販機が使えるように開放されてる」

「中学には自販機なんて無いのよね」

「お金を使わなくって良いじゃない。それより飲みたいものはある?」

「えっと…紙カップの販売機?珍しい」

「缶だと教室のゴミ箱で処分出来ないからね。その辺にポイ捨てされると困るし」


 些細な事でも中学校とは勝手が違うところがあるのは発見でもある。改めて自販機を見ると、ホットココアがあったのでそれを注文した。甘い飲み物だっていいじゃない乙女なんだから。会長さんはカフェオーレを選択。苦いのが好きなのか甘いのが好きなのか徹しきれない人?と思わず人間観察をしてしまった。


 カップのココアは意外と熱いので、冷ましながら少しずつ飲んでいると会長さんが


「施設ぐらいしか見てないけど進学の参考になってる?」

「まだなんとも…学校を選べといっても分からないものを選べって言われてるみたいで。夕食に何食べたいなら好き嫌いとか気分で言えるけど」


 にこやかに話しかける会長さんだけど、外観だけで学校の良し悪しが分かるなら苦労しないんだけどな。飲み干した紙カップを片付け元来た道を校舎の方へと向かう。


 教室を案内するからと階段を上る。中は漆喰で白い壁が映える。階段の手すりも装飾が施されて凝った作りをしていてる。照明もアンティークなランプ。ちょっとしたお屋敷気分。廊下に私たちの靴音だけが響く。


「人が居ない教室はなんだか怖い」


 休みの学校には普段の当たり前の風景がない。その頼りなさが思わず口に出た。


「僕は生徒会で居残ることも多いからよく見る光景だけどね」

「そっか…遅くまで学校に居ないから見慣れないんだ」

「人が居ない寂しさってのは分からなくもないけど…耳を澄ましたら何か聞こえない?」


 言われるがまま目を閉じた。詳しくはないが何かの音色が流れている。


「あ…楽器の音」

「吹奏楽部が入学式で演奏を披露するから…練習の最中だね」


 部活のスケジュールまで知っているのだろうか?

 なにやら会長さんが大きく感じて来たので思わず聞いてみた。


「生徒会ってそんなに仕事かあるの?」

「学校行事なんかは生徒会が仕切るね。新学期最初は新入生歓迎会とか」

「ご苦労様…けど生徒会の会長なんてどうして?」


 少しばかり興味がわいてきたので、どんな話が聞けるか気になる。


「気が付いてたら会長になってた」

「いい加減~」


 目的のある答えを聞きたかったのに、期待とは違う答え。さっき大きく見えたってのは取り消し。やはり見た目道理ちよっと頼りない。


「いや~入学した当初は生徒会なんて考えられなかったんだけどね。君が生徒会に入ってと言われたらどう思う」

「ちょっと面倒…近寄りたくないかな…」

「普通はそうだろう?僕もそうだったんだから」

「ならどうして?」


「部活の先輩が生徒会をやっていて、先輩について回ってたら生徒会って何をしてるか見えて来たんだ」

「まあ一般生徒は生徒会なんて接点ないし…」

「馴染みがないからイメージとかで敬遠されるんだろうね。面倒事とか自分の時間が無くなるとか」


 楽しそうに語る会長さんを見て、居心地がいい学校なのかと思えるようになっていた。けど生徒会って奉仕活動みたいなものじゃない?そこの所を聞いてみた。


「生徒会をやるなんて変人扱いされない?」

「けど…誰かがやらなくてはならない仕事ってはあるからね」


 意外とクールに返してくる。


「うわ…悟りを開いてお坊さんになれるよ」

「そこまで崇高な考えなんてないな。ノリと勢いと惰性もあるし」

「…よくわかんない」

「まあそれなりに楽しいからやれてるよ。嫌々やってる訳じゃないから」


 見返りとか報酬とかあるのだろうか?好きか嫌いかで物事を判断してる私には分からない何かがあるのだろうか。

 特に話題を続けたいわけでないので大人しく校舎内を見て回っている。とはいえ特別何かがある訳でもなく、会話以外は校舎を歩く音が静寂の中に響いている。


「一通り校舎を見て回ったから、次は学校で一番近寄りがたい所を案内するよ」

「え~」

「校長室とか生徒指導室がある特別棟…別名『鬼ヶ島』」


 学校見学で一番嫌な所を紹介するって、どういう神経なんだろう?ショック療法で今から免疫を付けろとか?


「それ必要?」


 ここは断固抗議するしかない。


「その棟の一番上に生徒会室があるんだ」

「それって島流し?」

「生徒が使う教室や特別室を順に割り当てて行ったら、最後に残ったのが生徒会室なんだよ。お菓子を食べる約束はそこで果たすよ」


 お菓子に釣られてここまで来たんだから、ちゃんと約束は守ってもらおう。こういうのを毒を食らわば皿までだっけ?少し気後れして会長さんについて行く。




 特別棟には教師が居る気配はしたが、顔を合わせる事も無く階段に辿り着た。

 生徒会室は最上階にあるとの事だが、校長先生になるような人はお年を召してるだろうから体力的に妥当な配置かも。校内を歩く回ったせいか階段を上る足が少し重い。エレベーターが欲しいと心底思う。


 やがて最上階に。窓の方を見ると遮る建物が無く空が目の位置にある。

 会長さんが部屋の管理をしているのだろうか、ポケットから鍵を出してドアを開け私を招き入れる。


「ドアは開けたままにして。しばらく使ってなかったから空気の入れ替えを」

「はーい」


 生徒会室――母校ですら入ったことが無いのに、見知らぬ学校のそれを体験することになるとは。

 部屋の広さは教室の半分ぐらいで、中央に木製の白く大きなテーブル。壁側には資料や書類などを収納する棚が配置され教室で見られるような机が無く、空気感と言うか雰囲気は違うものを感じる。


「今お茶をいれるから好きな所に座って」


 会長さんに促されて着席。みれば室内に水道もあり電気ポットが仕事中。

 そして私の目の前には贈答用のクッキーの詰め合わせが差し出される。


「これ…いいの?」

「花見に行くといったら親が持たせてくれた物だよ」

「会長さんてブルジョア?」

「彼岸のお供え物だから気にしなくっていいよ」

「じゃあ遠慮なく」


 花より団子とは言うけれど、甘いものは好きなのだから仕方がない。

 改めて室内を見るとここは別世界。校舎の方もそうだったけどレトロな造りで学校とは思えない風景。


「紅茶で悪いけど。あと味はお好みで」


 ポットと共にカップとソーサー、ティーパックと砂糖を差し出される。セルフでお願いって事ね。


「学校でお茶会なんてちょっと優雅」

「気に入ってくれて何より」


 テーブルの向こうに座っている会長さんが優しく微笑む。

 中学じやお菓子を持ち込むのは違反。外で飲むにしてもお小遣いが厳しい。こういった楽しみはちよっと憧れていたシチュエーション。

 こういった特別な事があれば、生徒会の面倒な仕事もおあいこになるのだろうか。


「会長さんのとっておきってここなのね」

「それもあるけど…」


 会長さんが立ち上がり窓辺へと移動して私を手招きする。


「窓の外を見下ろしてごらん」


 座った場所からは空が見えるだけ。他に何かが見えるのだろうか?

 言われる通りに窓を見下ろすと…


「うわぁ!」


 お城の公園に咲く桜を見下ろす位置に生徒会室はある。

 桜並木が絨毯の様に敷き詰められて、薄紅の花びらが一面に映えている。

 遠くの方も見ようと天守跡を見ると、堀の向こうにも桜の花が広がりまた堀があって――堀が二重になって城を囲んでいるかの如く、その辺りまで公園が広がっている。


 とにかく桜!桜!桜!

 右を見ても左を見ても公園内の桜が一望の元に広がって、視界の半分は桜で一色。桜の花でこれほどの驚きはもちろん初めてである。言葉を忘れる位景色に見入っていると


「この風景はこの時期の生徒会だけが見られる特別な景色さ」


 桜の景色を見ながら会長さんが語りかけて来た。


「…そして僕は来年この景色は見る事はないだろうね」

「?」

「僕も今年は受験だから…君と同じ」

「そっか…私と入れ替わりなんだ」


 会長さんが遠くの方を見るようにして目を少し細めた。その顔は寂しさなのか心残りなのか。どう話を続けようかと迷っていると


「でも君が来年もこの景色を見てくれるのなら、学校を案内した甲斐はあるかな」


 寂しい表情は一瞬で元の穏やかな顔に戻り、私は会長さんの問いに応える。


「景色だけで学校は選べないけど…」


 少し間をおいて自分の中から何かが弾けた。


「会長さんが学んだ場所なら興味はあるかな」


 校舎で会長さんが話したことが思い出される。些細なきっかけで自分でも思っていない事になった。けどそれも悪くはないと。

 今日一日でここは知らない所ではなくなった。そいうい関わり合いを重ねる事でゆっくりと自分の物になる…春の日差しの中そんな予感がした。


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