第六十三話 〜動き出す街〜
金麦酒場の裏手、倉庫の横で汗を流す金髪のエルフ。
なれない手付きで土を耕し、クワを振り上げてはよろめく。
「いやあ楽しいですね、これが畑と言うものですか」
「後は少し肥料をまいて、囲いも作りましょうか」
ヒデヨシが、種の袋を持ちながらノートリスに話しかける。
「そちらが野菜の種なのですか」
「ええ、これはホウレン草と言う食べられる草の種です」
「食べられる野草のようなものですので、始めるには良いと思いますよ」
「なるほど、こんな小さなものから育つんですね」
ノートリスが種を取り上げ、じっくりと見ながらうなずく。
「ヒデヨシ様、こちらも準備が出来ましたよ」
ローズが楽しそうに笑う、畑の準備を終えて汗を拭った。
「おお、ローズ様。これは何を育てる為のものですか」
耕された畑には、支柱が立てられての誘引が行われていた。
「これはトマトという実がなります」
「味がしっかりしていて、色々な調理方法がございますよ」
「へえ、それは楽しみですね」
「昨日食べていた赤い実を覚えているかい、あれがトマトだよ」
「なるほど、食事中はあまり気にしていませんでしたが・・・」
「僕は自分が食べているものすら、ちゃんと理解していなかったんですね」
ノートリスは、少しうつむいて思い悩む。
「育つのが楽しみですね」
「ノートリスさんも、毎日お世話なさいますか」
ローズの笑顔、植物を育てる事への喜びに溢れていた。
「ええぜひ、どのように育っていくのかを見ていきたいと思っています」
「当分の間、ここに滞在する予定だ」
「この菜園が形になるまでは、私達も協力させてもらうよ」
「お二人共、ありがとうございます」
「森の中で、遺跡の入り口が見つかると良いですね」
「未発見の入り口が存在する可能性はある」
「上手くいけば、長老会を通さずに遺跡に入れるかもしれないからな」
「やはり長老会は、協力してくれないでしょうか」
ノートリスは、支柱が倒れないかを確かめながら疑問を投げかけた。
「その可能性は高い、こういった状況では保守的になりやすい」
「変革をもたらす遺跡調査などは、反対されるだろう」
「確かに、長老達は外からの人とは話そうとしませんね」
ノートリスが、顎を触りながら唸る。
「交渉も考えるが、やれることは全てやっておいたほうが良い」
「ヴェーゼ様とカールが、うまく見つけてくれることを期待しよう」
「交渉するにしても、隠密するにしても時間がかかる」
「それから長老会の三人についても、情報収集をしている」
「野菜と同じさ、しっかり育てて収穫の時を待つ」
「わかりました、皆で遺跡の秘密を解き明かしましょう。ヒデヨシさん」
森の遺跡を探すヴェーゼとカール。
行動方針と情報精査を勧めていく、ヒデヨシとローズ。
持ち前のコミュニケーション能力を活かし、街へ出るアクアとリール。
それぞれが自分のやりたい事を提示した、ということもあるだろう。
それに合わせヒデヨシは、各人の性格と能力にあった役割を言い伝えていた。
酒場に人が集まりはじめる、突如増えた看板娘たち。
毎日来ていたわけではなかった者達でさえ、今日は寄ろうと思い立つ。
エルフではない清楚な美女、半獣人の魅力的な美女。
人懐っこい、可愛い獣人の子供。
絡み酒、希少な竜人の麗人。
給仕やら盛り上げやら、期待のニューフェイス達が酒場を彩る。
「それでは、この出会いに乾杯」
ヒデヨシが音頭を取る、それに合わせてグラスが重なっていく。
「「「乾杯っ」」」
十数名、外への興味を持つエルフ達は、おそらく全てこの酒場へと集まっただろう。
将棋盤を抱え、テーブルに広げるリール。
綺麗なエルフの女性に抱きかかえられ、辺りへ将棋を広めてまわる。
ヴェーゼは景気よく酒を飲み、最年長をアピールしつつ、エルフの男性にお酌をさせる。
あちらこちら、男女問わずに声をかけては談笑しているアクア。
カールは、女性に話しかけられ続け、酔ったヴェーゼが絡みに行く。
笑顔で給仕に励み、きめ細かい配慮、聖女のようなローズ。
ヒデヨシは、いつもどおりにこやかに場を見ながら立ち回る。
「あんたの家族は、いつもこんな感じなのかい」
イリーナが、料理をヒデヨシの前へ出しながら話した。
「ええ、騒がしいでしょう」
イリーナは、ヒデヨシを見ながら同じテーブルの席へと着く。
「なんだか嬉しそうに言うのね」
ヒデヨシは、指摘されて緩めていた口元を引き締めた。
「失礼、こんな夜は久しぶりだったもので」
「別に責めてるわけじゃないさ」
「酒場がこんなに活気があるのは、あたしも久しぶりなんだ」
「こうやっていると私は、楽しそうな家族の為に頑張っていると実感する」
「本当に家族の事が大好きなんだね」
一人づつ、家族を眺めているヒデヨシ、その様子にイリーナが微笑む。
「・・・そうでもないさ」
「照れなくていいじゃないか、あんた達は本当に良い家族だよ」
「ありがとう、イリーナさん」
ヒデヨシが感謝を伝え、イリーナが笑う。
「・・・あんたはこの街をどう思う」
「どう思う・・・とは」
ヒデヨシは、問いかけの真意がわからずに聞き返した。
「この街のエルフ達は、他人への興味が薄くてね」
「確かにそれは感じます」
「この酒場に集まるのはさ、若い奴らばかりでね」
「三百年以上生きている連中は、毎日同じ事ばかり繰り返してる」
「成熟した後、一切変わらないエルフの見た目と同じで、変化の無い退屈な街だと思わないかい」
「他の街でも、そんなに違いはありませんよ」
「皆、自分の手が届く範囲にしか興味は無い」
「だからこそ、こうやって集まった者達とは良い関係でありたいと思います」
「あんたの人となりがわかった気がするよ」
「あらためて、この出会いに乾杯だね」
「ええ、貴女達との出会いに」
「「乾杯」」
グラスが鳴る、そんな大人の時間に割り込む家族達。
「ヒデヨシ様、わたくし達とも乾杯いたしましょう」
グラスを手に、アクアとローズ。
「ヒデヨシ様ー、将棋盤が足りません。どうしましょう」
リールが、エルフの隙間から飛び出す。
「ああ、三人とも今行くからちょっと待ってなさい」
イリーナに軽く挨拶してから席を立つヒデヨシ。
「あんたを中心に家族がある」
「子供が出来ない私には、少し羨ましいね」
ヒデヨシを見送るイリーナが、酒を煽りながらつぶやく。
変化を求めた者達の決起集会。
外からの来訪者がもたらす変化で、時の止まった街が動き始めていた。




