第六十二話 〜金麦酒場の夜〜
夕暮れの反射とは違う蛍光色で、金麦酒場の看板が光る。
遠くからでもわかるよう、目立つように光る、酒場はここだと。
その光に誘われて、仕事上がりの者達が集まる。
それぞれに飲む、それぞれに語る、どのような時代でも、場所でも変わらない光景だった。
「行商さん、入り口では申し訳ありませんでした」
衛兵をしていたエルフの男性が、飲み物を手にヒデヨシへと声をかける。
「貴方は、オートマターでは無かったのですね」
「ええ、僕は外から来た人と話したくて衛兵やってるんです」
「初めて来る人なんて久しぶりで、酒場の事を伝えるのをすっかり忘れてて・・・」
「無事イリーナさんのところに居てくれて、良かったですよ」
「あ、すいません。僕はノートリスって言います」
「ああ、私もあらためて名乗ろう、ヒデヨシだ」
ノートリスとヒデヨシ、二人は握手をして笑う。
「ヒデヨシさんは、もう街の事を聞いたんですか」
「ああ、イリーナさんから少し」
「地下にある遺跡を利用した街、住民のエルフとオートマターの街だと」
「ええ、そうです。それがエルフセインです」
「元々は、今よりずっと閉ざされた街でした」
「イリーナさんが戻ってきて、酒場をやり始めてから変わりました」
「イリーナさんはやはり外に」
「ええ、三十年前くらいに帰って来て、外の世界を教えてくれました」
「だから僕達は毎日ここに来る」
「皆、外の世界の事が知りたいんだ」
「私は逆ですね、この街の事を知りたい」
二人は笑う、互いに欲する行き違いに。
「じゃあ話しましょうよ、互いに互いの事を話しましょう」
そうして盃を合わせ、見知らぬ二人が酒を飲み交わす。
酒がまわり、話しもまわる。
「グリムウェルから、随分な長旅ですね」
「ああ、道中色々あって長い旅だったが、なんとかここまで来れた」
「ヒデヨシさんは、北を目指しているのですか」
「ああ、カザルと言う国を知ってるかな」
「カザルっ。あの氷の魔女が治めるカザルですか」
ノートリスが身を乗り出して聞く。
「女王アザゼル様は、とんでもなく美しい乙女だと聞いています」
「ああ、そのカザルを目指している」
「僕もここを出て、カザルの女王様に合ってみたいものです」
「ノートリスさんは、旅をしたそうだね」
「ええ、でもその前に、僕はこの街の事を知りたい」
「私と同じですね」
「貴方達でも、遺跡を調べる事は出来ないのですか」
ヒデヨシがぶつけた率直な疑問、街の住民であれば出来ても良い事。
「遺跡は長老会が管理していますので、長老会に掛け合わなければなりません」
「長老会ですか」
「千年以上生きている、三人のエルフ」
「住民登録から何から、街の権限を全て持っているのが長老会です」
「なるほどな、街の実権はその長老会にあると言うことか」
ヒデヨシが、難しい顔をして唸る。
そんなおり、酒場の入り口の扉を開き、竜人ヴェーゼが帰還する。
「あ、ヒデヨシ君。ここに居たのね、すごい事がわかったわ」
ヴェーゼがヒデヨシを見つけ、手を振って近寄る。
「なんとこの街。古代遺跡だったのよ」
ヴェーゼはテーブルに両手をつき、皿が少し跳ねる。
「・・・ええ、そうだったんですねえ」
ヒデヨシの反応は微妙だ、無理やり絞り出した言葉は、演技すら難しかった。
「なにその微妙な反応・・・」
「竜の方、貴女もこの街の秘密に興味がおありですか」
ノートリスが反応し、ヴェーゼの事を仰ぎ見る。
「丁度二人で遺跡の謎について話しをしていたところだったんです」
ノートリスの目が輝く、ヴェーゼは呆気にとられ、ヒデヨシは目を閉じた。
「この出会いは運命かも知れません、僕達で街の秘密を解き明かしましょう」
ノートリスが立ち上がり、拳を振り上げる。
「ヒデヨシ君、私の苦労は・・・」
「・・・ひとまず、ヴェーゼ様の調査結果をお伺い致しましょうか」
「ヴェーゼ様、何か飲まれますか」
「ええ、頂くわ」
ヴェーゼが空いた席に座る。
「エルフの人に自己紹介するわね、私はヴェーゼ」
「ちなみに私は遺跡の調査のプロだから、聞かなくても遺跡だって気づいたわ」
ヴェーゼが、少し自慢げにふんぞり返る。
「僕はノートリスです」
「この街の秘密にすぐ気がつくなんて、頼もしい限りです」
ノートリスが微笑み、ヴェーゼは照れる。
ヒデヨシは黙って、コップにビールを注いでいた。
ヴェーゼの顔がほんのりと赤く染まる。
「僕はまだ六十三歳で、この街で一番若いんです」
「あらあらノートリス君も若いのねえ」
ヴェーゼが、コップを片手にノートリスの肩を取る。
「エルフは結構長寿だって聞いたんだけど」
「長老会の三人は千百歳くらいだと聞いていますが・・・」
「思ったより若いのねえ・・・」
頬杖を付き、ヴェーゼはため息をもらす。
「私のような種族は、百年も生きれば長生きですけどね・・・」
ヒデヨシがもらす、尺度の違いすぎる者達についていけずに。
「そんなすねないでよー、ヒデヨシ君」
今度はヒデヨシに絡む、尻尾と緑の腕で男を絡め取り続けるお酒の力。
「良いのですかヴェーゼ様、遺跡の話しが随分それてしまいましたが」
「そんな事言ったってー、結局何もわからないじゃない」
「遺跡の入り口は警備が厳重だし、長老会以外のエルフは何も知らない」
「こーんな八方塞がりどうしろって言うのよ」
ヴェーゼは、両手を広げて降参していた。
遺跡についての情報は少ない。
ヴェーゼが追加したのは、入り口の場所やオートマターが警備していると言う話し程度。
ノートリスも情報を追加できず、やけ酒気味になっていた。
竜は酒に酔い、エルフと人間に絡んでいる。
男をはべらせ抱きつき、酌をさせていた。
酒場で時折見る、酔客のありふれた光景。




