第五十九話 〜街の散策〜
トレヴァーの街、トレヴァー伯爵邸。
「ルーシェル。お前の任をとく」
ケイ・トレヴァー。青白い肌をした、魔人。
金髪で中肉中背、ルーシェルをそのまま中年男性へと変えたような風貌。
この地域一帯を統括する伯爵家当主、ルーシェルの父は息子に事態の責任を取らせた。
「父上っ」
「全てがお前の責任だ、他国の国主令嬢を監禁していたなど、弁明の言葉は無い」
ルーシェルは、言葉を続けられずにおし黙る。
「更に、前線へ兵も送れず、カザルからの信用すら失ってしまった」
「しばらくは頭を冷やせ、お前の浅はかな行動が、何を産んだのかを考えろ」
「わかり・・・ました・・・」
ケイ・トレヴァーの怒りに押され、ルーシェルはその罰を飲み込む。
たとえその味に不快感を覚えていても、今は吐き出すことを許されはしない。
「もういい、下がれ」
「私はこれから、合戦に大幅に遅れる事への釈明をしなければならん」
「生きて帰ってこれれば良いのだがな・・・」
ルーシェルは、その言葉を聞きながら部屋を出る。
にじみ出る怒りは、乱暴に閉じられた扉が表現していた。
ルーシェルは、自室の椅子を乱暴に蹴飛ばして壁へ叩きつける。
大きな音をたてたが、頑丈な椅子は壊れず、壁で跳ね返って倒れた。
「なぜ、僕がこのような目に合わなければならないんだ」
言葉とともに、机にもその怒りは叩きつけられる。
「あの女・・・。許さない・・・」
「必ず、この代償を支払わせてやる」
そうして、机の引き出しからナイフを取り出し、部屋をでる。
「ルーシェル様、屋敷から出すなとお父上からの命令です」
使用人は、部屋を出たルーシェルを止めにかかる。
ルーシェルは乱暴に使用人を払い除け、手にしたナイフを使用人に向ける。
「どけ・・・」
「ルーシェル様、おやめください」
慌てふためく使用人が、ルーシェルを遠巻きに取り囲む。
ルーシェルの目に殺気を感じ、使用人は怯えて手を出すことが出来なかった。
ルーシェルはそれを見て、ナイフを向けたまま廊下を進む。
それに呼応して、使用人の壁は割れ、ルーシェルの道は開かれる。
ルーシェルは進む、ナイフを手に、自身の愛を確かめる為に。
使用人は、伯爵が雇用主であり、逆らうことは難しい。
ケイもルーシェルも雇用主という状況の中、ルーシェルを強引に止める勇気がある者は居ない。
立ちふさがるものには、止める言葉はあっても力は無い。
ルーシェルは使用人を押しのけ、一匹の騎竜に乗り屋敷を出る。
ルーシェルは、アクアマリンの行き先を考えていた。
人目を避け、素性を隠しての旅。
森を迂回する街道を選択したとは思えない。
彼が向かった先、それはエルフの森。
あの女が考える事はわかる、だからこそ、私の婚約者に相応しい。
エルフセイン。
森の奥地にひっそりと存在するこの街、木造で自然と調和したように見えていた街。
実際に入り、中を歩くと異質なものが目立っていく。
「機械に見えるものが多いな、私が知るものとは違うかもしれないが」
「機械・・・ですか。よく見ると知らない道具を持っている方が多いですわね」
アクアも、ローズも見たことも無い景色と道具に目移りする中。
ヒデヨシだけが、街に点在する異質に気づく。
機械。商隊の一行ではヒデヨシだけがそれに触れていた。
木製の塔。頂点には機械が乗っている。それはまるで電柱のよう。
一般家庭ではない、店舗と思わしき建物は、自動開閉扉で人々が出入りしていた。
使われている道具もそうだ、ヒデヨシの記憶から類似の物がうかぶ。
動力はわからない、魔力なのかもしれない。
街灯。電柱。自動ドア。正確な機械時計。テレビ放送。
実際に感じたままのでは無い可能性もある、少なくともヒデヨシにはそうとしか見えなかった。
「この辺りも、カザルと同じくらいに魔力が濃いわね」
ヴェーゼが、空を見上げながらつぶやく。
目線の先には、ヒデヨシが見慣れていないものが浮かんで、漂っていた。
浮かぶ大地、大きな木が大地とともに空を漂う。
「あの、浮いている木はなんだ」
ヒデヨシが、ヴェーゼに問う。
「天然の魔石よ、魔力の影響を受けすぎて、あれ全部魔石化してる」
「カザルにも似たような物があるわ」
「浮遊石と言ったところでしょうか」
空を漂うものを見ながら、商隊は街を漂う。
この街には、来客に対する準備を感じる事が出来なかった。
「それにしても、困りましたね」
「宿が見当たりませんわね、わたくし達以外には訪問者もいらっしゃらないようですし」
「外からの訪問者が極端に少ないのだろう、需要が無ければ供給も行われない」
家族達が周りを見渡し、宿を探し回る。
手綱で操られていた犬達は、前から近づくものを感じ取り、耳と鼻を動かした。
「あんた達、宿には困ってないかい」
手綱を引かれ、犬達はその場に止まって新しい匂いを確認する。
「ええ、丁度それでさまよっていたところですよ」
耳が長い、金髪の女性へカールが答えた。
「行商だろ、うちの酒場で泊めてあげられるよ」
新しい匂いに興味しんしんの犬達へ、女性は近寄って交流をはかる。
「この子達は良いね、従順で穏やかな子達だ」
「こいつらはそういう育ち方してますからね、俺の母はそういうのが旨かったですし」
女性が大狼の毛並みに手を入れ、撫でる。満足気な犬を見て、女性も笑う。
「失礼、私は行商のヒデヨシと言うものだ」
外の話を察し、ヒデヨシが荷車から降りて自己紹介をした。
「商売の間、拠点とできるのであればありがたい、お名前をお伺いしてもよろしいだろうか」
「ああそうだね、ごめんね。あたしはイリーナ」
「旦那と一緒に酒場をやってる、偶に来る訪問者の宿も提供してるんだ」
「特に行商は歓迎だよ、酒場で店を開いてくれれば更に良い」
ヒデヨシは、握手を求めたイリーナに答えた。
「物珍しさに客が増える、ということかな。商売を良くわかっていらっしゃる」
「まあそういうことさ、宿代もお安くしておくよ」
「ありがとうございます。イリーナ様」
「ご好意、感謝します。イリーナ様」
美しい女性が二人、荷車から顔を覗かせて感謝を述べる。
更に追加で、獣人の子供と竜人は美女の代わりに顔を出す。
「あらあら、思ったより人数が多いわね」
「倉庫を開けなきゃならないね。男どもは手伝ってくれないかい」
「ええ良いですよ」
ヒデヨシは快諾し、イリーナが笑う。
「それじゃあ行こうか」
イリーナの合図とともに、一行は酒場へと向かう。
荷車からの声は途切れず、珍しいものを見つけては顔や手が飛び出す。
ヒデヨシ一家はいつも騒がしい、いつも通りの風景だった。




