第五十七話 〜王の証明〜
ジェロニアで最も優美な邸宅。王宮を除けば、それはダーデン・ワイマーク家に他ならない。
その一室で、美男美女は語らう。ここはエリザベートの自室。
白銀の美少女、アザゼルの自室とエリザベートの自室。世界一美しい部屋の優劣は付けがたい。
「召喚ねえ・・・、そんな映画みてえな話を信じたくねえが」
「突然の事ですから、無理もありません」
「だが、これが夢じゃねえってのは間違いねえしな」
三井吉法は、エリザベートの頬に触れながら実感を味わう。
二人は、同じベッドで朝を迎えていた。
「ええ、妾が幻では無いと、理解いただけたかと・・・」
エリザベートは、たくましい腕の中へとおさまる。
「それに、久しぶりに充実した夜でございました」
「お前みたいな底なしを相手にするのは久しぶりだぜ」
ベッドの中、吉法は笑う。
「召喚された人間は、肉体的に常人を遥かに凌駕するんだっけか」
「ええ、妾も驚いております」
「妾が満たされるまで立っておられたのは、吉法様がはじめてです」
「あんなの、普通は増強剤でもねえと付き合えねえよ」
「それでは吉法様。朝食前に、いかがですか」
エリザベートは、吉法を促す。
すでに握り、愛撫しているのだから、求められる答えなど一つしか無い。
「本当に底なしだな、お前。いいぜ付き合ってやる」
朝食を運ぶメイドは三時間待った。
いつ呼ばれても対応できるよう、温め直しも万全に。
漏れ聞こえる声が止み、メイドは一息ついてから魔熱石に魔力を込めた。
昼も過ぎ、白衣の忠臣は王の元へと馳せ参じる。
謁見先はダーデン・ワイマーク邸の客間。
貴族の正装、その中でも特に豪華なものが吉法にあてがわれた。
綺麗な赤を主体とした上着には、金糸による装飾。
シミひとつ無い純白のシャツ。
乳白色のパンツは、赤い上着を引き立てていた。
「三井様、王の威厳がよく表現されており、素晴らしいお姿でございます」
エルヴィン教皇が、その凛々しい姿を褒め称えた直後。
吉法は、その正装をだらしなく着崩した。
「三井様、まだ状況の把握もままならぬかと思われますが・・・」
「わたくしどもは王を、三井様を必要としております」
「異世界で王ってのも悪くねえ、元々俺は王になる素養もあったしな」
「それで、三井様にはその力を見せていただきたいのです」
「先代のジェロイ様は、山を両断するほどの力がございました」
「三井様にその片鱗が見えれば、皆が貴方様を崇めるでしょう」
「どれくらいの事が出来るかってのは、俺も気になるからな」
「いいぜ、用意しろよ。俺を崇めさせてやる」
「ありがとうございます、三井様」
「それでは信者を集め、演舞場を用意させていただきます」
「二〜三日ほどおくつろぎください、準備ができ次第、参ります」
エルヴィンは、にこやかに語り。王への拝謁を済ませる。
王は人知を超えた力を持つ。証明する方法は簡単、大衆の面前で見せつければ良い。
ジェロニアの北方、神王教会本部の更に北には広大な平原が広がっている。
山は遥か遠方、木も少なく短い草で覆われた草原。ジェロニアの支配地域最大の穀倉地帯。
この場所で、山のような大岩が平原を進んでいた。
大岩。人が秤にかけられぬ巨石。
ジェロニア城がそのまま岩の塊となったようなそれが、歩くような振動と共に進む。
平原から遥か遠くに見える山脈、そこから平原へと続く深い足跡。
巨石の重量により穿たれた足跡は、三井吉法により一つずつ刻まれていく。
三井吉法は汗をかきながら、巨石を肩に担いで平原を進む。
千人を動員しても運べると思えないそれは、一人の男が担いで運んでいた。
「ふうっ、こりゃあ面白え。スーパーマンの映画でこんなシーンあったっけ」
三井吉法は、自分の行いを楽しみながら歩く。
動く巨石の後方には、神王教会の信徒たちが教皇と共に付き従う。
皆、それぞれに祈り、感嘆の声を漏らし、神の化身の行いに信仰を深めていく。
平原の中腹、何もなかったこの草地に巨石は置かれた。
あまりにも重い巨石は、柔らかい土を沈んでいく。
しばらくして、巨石は大地に掴まれ、平原に安定を得る。
「いやあ流石にキツイぜ、シャワーを浴びてえよ」
安定した巨石によりかかり、三井吉法は汗を拭う。
「演舞場が遠すぎるぜ、全くよお」
エルウィン教皇が、巨石によりかかる三井吉法に声をかけた。
「三井様、せっかく運んで頂いている途中で申し訳無いのですが」
「これほどの偉業を見せて頂き、教会の意志はすでに固まりました」
「我々は、三井様を全面的に支援させて頂きます」
エルウィンは、王への祈りを捧げる。
「それじゃあこの岩どうするよ、演舞場で割るってのはもう無しか」
「そうですね・・・。教会付近に置いて頂いて、切り出して使うのが良いかと」
「なあ、何か食わせてくれよ。休憩しようぜ」
「かしこまりました三井様、すぐにここへ用意させて頂きます」
その日のうちに、巨石は教会本部の裏手に据え置かれた。
神王教会本部の荘厳な建物。日暮れ頃に巨石は本部に大きな影を落とす。
教会本部を覆い隠す影、ある日突然現れた巨石は、王の名と共に語られる。
三井吉法。異世界から召喚された、正当なる王。
山を両断した王。『ジェロイ・ワイマーク』
城のような巨石を持ち運ぶ王。『三井吉法』
前王に並ぶ力を持つ逸話、新しい王の誕生を疑うものなどいなかった。
ジェロニアには、王の継承者の名がまたたく間に広まっていく。
前王の正統後継者、エドガーの耳にも届き、ジェロニアには二人の王が現れた。




