第五十六話 〜王の召喚〜
春は過ぎ、何も変わらぬままの日々はジェロニアで続いていた。
一つの報が、エリザベートへもたらされるまでは・・・。
「エルヴィン教皇から、王を迎える手筈が整ったとのご連絡でございます」
「教会も、ついに手にいれたのじゃな」
「ええ、神王教会が新たな王を探し出す為、総力を上げて魔石を探しておりましたので・・・」
「エルヴィン・ブライトマン教皇も熱心なことよの、自らの代で召喚する栄誉に酔っておられる」
エリザベートが笑い、ゴルダンが話しを続ける。
「信者からよりすぐり魔導師を集め、百人規模で召喚魔法を執り行うとの事でございます」
「しかしながら、エルヴィン様はどのような人物を召喚するのかに迷っている様子」
「ふふ、エルヴィンは妾の助言を待っておるのだな」
「さようでございます、是非とも世を導く御方を選定して頂きたいと・・・」
「妾に一つ考えがある、あ奴の世界は何か、我らの知らぬ知識を持つと報告されておったな」
「ええ、私も何のことかさっぱりでしたが、新しい兵器をも開発できる知恵があるとか」
エリザベートは、はべらせたジャスティンの首元に爪を食い込ませ、その血を舐め取る。
「妾の婿に相応しい王、圧倒的な知恵と力を持った王を召喚してみせようぞ」
エリザベートは高らかに笑い、苦痛に歪む美男子を楽しんでいた。
ジェロニアの北、神王教会の総本山。
荘厳な宮殿とも言えるこの神殿には、召喚された王が祀られていた。
第四代王『ジェロイ・ワイマーク』
王を称えるために作られた石像と共に、その名は神殿に刻まれている。
神王教会が認定した王、世界を統べる者は今、空席となっている。
従順なる王の配下、エルヴィン教皇。
神王直属の、最も従順なものこそが教会を率いる。
経典には、そう記されていた。
歴代の王が祀られるこの部屋では、日々信者による祈りが捧げられている。
今、部屋は信者で満たされ、この歴史的瞬間に立ち会う事への喜びと感謝で溢れていた。
白と金からなる衣装に身を包み、王冠を模した杖を持ち、信者達を見る男。
エルヴィン・ブライトマン神王直臣公爵、通称エルヴィン教皇。
「皆さん、王に敬意を」
エルヴィンがその言葉とともに、杖を掲げ、自身もその杖に向けて跪く。
信者達は王冠を模した首飾りを天へ掲げ、杖と首飾りに向けて一斉に跪いた。
「王はいつでも我々を見守ってくださいます、王への感謝と敬意を忘れなきよう」
「「「我らが王よ、我らをお導きください」」」
信者達は、示し合わせたように同じ言葉を重ね合わせ、その信仰を神となった王へ捧げる。
「既に皆さんご存知の事かと思いますが、王の顕現が今日実現する運びとなりました」
「我が教会からよりすぐりの魔導師を集め、門外不出の召喚秘術を用いての顕現です」
「百年に一度しか秘術を執り行う機会はございません」
「この機会に巡り合った事への感謝を・・・」
エルヴィン教皇は、再度跪き、王への敬意を示した。
「面白い演説じゃな、遺跡で稀に見つかる召喚魔石が無ければ出来ぬ秘術が、門外不出とはのう」
注目を集める教皇、優雅に隣で腰掛けるエリザベートが呟いて笑う。
「それでは、本日の召喚、秘術を執り行える唯一の血筋、王家エリザベート様にこの場をお預け致します」
エリザベートが椅子から立ち上がり、にこやかに大衆へ手を振り、歓声へ答える。
「今日この日、偉大なる王を召喚する栄誉を与えられた事、妾は大変誇らしく思う」
「既に妾には王のお姿が見えております、これから皆にもその姿をご覧入れましょう」
そうしてエリザベートは目を閉じ、祈りとともに跪く。
豪華なペンダントにはまった宝石、召喚の魔石を手に取り、胸元で握る。
後ろに控えていた百人の魔導師は、全力で魔力を術に込めていく。
部屋には大きな魔法陣が出現し、信者達は足元を見て驚きの声を漏らす。
魔法陣の中心にはエリザベートが跪いており、部屋全体が魔法陣の淡い光に包まれていた。
「王よ、我らの世界にお越しください。平和と安定をもたらす王よ」
エリザベートの言葉で、魔法陣の光は増し、中心へと光が集り始める。
やがて光が人の形を成し、その姿を徐々に現していく。
エリザベートは、その光を受け止めるように構え、人の形を抱きとめる。
弱まっていく光とともに、一人の男がエリザベートに抱かれて出現した。
黒髪で、力強い体つき、穏やかな顔で目を閉じている男。
召喚に沸き立つ信者達の声は、大歓声となり、先程の光より部屋を支配する。
その音を目覚ましに、男の目がゆっくりと開かれていく。
「女・・・。なんだこりゃあ」
「お前なんだ・・・。俺が呼んだんだっけか」
「よく覚えてねえ。クスリでハイになっちまって、何したんだっけ」
男の言葉、エリザベートだけに聞こえた言葉だったが、彼女の答えは一つ。
「ようこそ、異界の御方」
「妾が貴方をこの世界へお呼びいたしました」
男は寝ぼけたような顔のまま、求めていない答えに機嫌を損ねる。
「お前何言ってんだ、訳わかんねえよ」
「やりすぎたのか。やっぱり質の悪いクスリは良くねえな」
「クソッ。日本に帰れりゃ」
「妾はエリザベート・ダーデン・ワイマークと申します」
「貴方様のお名前をお聞かせ頂けませんか」
エリザベートが、穏やかに笑いかけながら問う。
「名前。知らねえのかよ。三井吉法だ」
「よく見りゃいい女じゃねえか、お前」
三井吉法はエリザベートの頬を触る。
王は、百人もの魔力が使われ、異世界より召喚された。
その魔力で生成された、強力な肉体と共に。
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