第五十五話 〜愛の芽生え〜
「そのローズマリー様、わたくしはトレヴァー様より奴隷を買ったものでして」
ラウル・ジョーンズ男爵は、狼狽し、弁明をしながら脂汗をかいていた。
「国主伯爵様にゆかりのある人物などと知らず・・・」
「ジョーンズ様、わたくしは特に罪に問おうとは思っていません」
ローズが、気を失ったヒデヨシを支えながら話す。
「それはありがたいお言葉です、ローズマリー様」
「ヒデヨシ様がこうして無事で戻ってきた、それで十分です」
ローズはヒデヨシを抱きかかえ、顔を見ながら止まらぬ涙を流していた。
「それじゃあジョーンズ男爵、これは買い取り代金ね」
ヴェーゼが、少しの金貨を差し出して話す。
「ヴェーゼ様、その、受け取ってよろしいのでしょうか」
ジョーンズは、怯えながら金貨へ触れずに問う。
「貴方に罪はないでしょう、正当に買ったのだから、正当に買い戻すってのがあの娘の意志だわ」
「国主伯爵令嬢、ローズマリーの配慮を拒否するのは失礼よ」
「大変失礼しました。国主様から本来発生し得ない代金を頂くのは、申し訳ないと思った故の言葉でございました」
「感謝致します、ローズマリー様」
ジョーンズは、ヴェーゼの手から金貨を受け取り、深く頭を下げた。
ジョーンズ男爵領域とエルフの森との堺。
エルフが住むと言われているこの針葉樹林は、既に春も半ばまで進んだにも関わらず、寒く雪が残っている。
この広大なる森を見据える領境には、朽ちかけた小屋群があった。
元々は村と呼ばれていたであろうそこは、人が寄り付かなくなって久しいのだろう。
そんなところで駐留する騎竜が二匹、そばには竜を世話する竜人の姿があった。
「ヴェーゼ様、三柱爵とはなんですか」
暇を持て余していたリールは、ジョーンズ男爵の言葉が気になっている。
「ヴェーゼ様を、カザルの三柱爵様と表しておりましたので、ヴェーゼ様は偉い方なのですね」
「まあ、隠してもしょうがないわね、その通りよリールちゃん」
「一応カザルでは重要な役職にもなってるの、遺跡調査も女王直接の命令でやってるわ」
「でも、お互いにあまり公表するような素性ではなかったわね」
ローズが、申し訳無さそうな顔をして、ヴェーゼの視線を受け取る。
「はい、その、色々とお話出来ずに申し訳ございません」
「良いわよ、カザルを目指しているんでしょう、あたしとしても歓迎するわよ」
「貴女達の人となりを信頼するわ」
「ありがとうございます。ヴェーゼ様」
「ヴェーゼ様も良い人なので、僕大好きです」
リール、突然の告白。ヴェーゼは呆気にとられ、緩んだ顔を戻すのに大変な労力を要した。
尻尾を振っているリールの頭を撫でるヴェーゼ。ローズは微笑ましくその光景を眺めていた。
針葉樹林の手前、朽ちた村へ一つの犬車が入る。
騎竜はそれをいち早く感じ取り、小屋の外を凝視していた。
「ローズ様、大変お待たせ致しました」
「アクア様、無事脱出できて、こうして再会できて良かった」
ローズとアクア、二人は手を取り、再会を喜ぶ。
そして、アクアは竜の麗人に気がついて、にこやかに笑いかける。
「貴女がヴェーゼ様ですね、ヒデヨシ様を助けて頂いた事、心より感謝しております」
アクアは、父と同じ綺麗な姿勢で頭を下げ、ヴェーゼを見る。
「まあ、ルーシェルのやり方は同じ女性として許せなかったの、それだけよ」
ヴェーゼは、リールと同じ笑顔を見て、目を合わせられずに照れ隠す。
「ヒデヨシ様が目を覚ましましたっ」
リールの元気な声で、皆の注目が集まる。
夢を見ていたのだろうか、ヒデヨシは目が覚めた時にそう思った。
いつも通り硬い床の上で目覚め、何の感情もなく仕事へ向かう事を憂鬱に感じる。
ローズに再開し、リールの暖かさに包まれた幸福な夢。
目が覚めた時、それが夢だと認識したが、すぐに違和感を覚えた。
牢屋の中、土床、隣人のうめき声で目が覚めたわけではない。
硬い木床、誰かの騒ぐ声が聞こえる。
「ヒデヨシ様」
ああ、暖かい。ふわふわの毛並みが肌に触る。
私が朧気な意識を起こし、しっかりと目を開けた時、最初に目に入ったもの。
ふわふわの毛並みで尻尾を揺らし、涙を貯めて私を見ていたのはリール。
「リー・・・ル」
少し体を起こした私、リールは私の胸に飛び込んできて、縋り付く。
何かが私を突き動かし、リールを抱きしめ返して、私は涙を流し続けていた。
そして、私の目には再会を望んだ家族が映り込むが、涙でぼやけて霞む。
「ローズ、アクア、カール・・・」
体は勝手に動いた、リールを胸に抱いたまま、次なるものを求めて腕を伸ばし、探る。
呼ばれた皆が答え、私の手を取り、肩を取り抱き合う。
これは、愛なのだろうか・・・・。
私にある、この感情を説明する方法を、私は知らない。
私は、恐らく始めて人を求めたように思う。
私はずっと利益のため、ビジネスのためにのみ人との付き合いをしていた。
今、彼女らと再会して思う。
これほどまでに再会を待ち望んでいた事を。
これほどまでに会えない寂しさを感じていた事を。
辛く苦しい日々を支え、耐えさせたのは、彼女たちだという事を。
知らぬうちに、私にとって無くてはならない存在だった。
だが熱烈な好意を向けられ、私は演技に疲れ、仮面を剥がされかけた時。
レオナには、私を包むような、何か全てを許してくれる気がしていた。
私の心を裸にした彼女に、私は恋をしたのだろうか。
本当の私など、誰にも見せた事など無い。
そう・・・。家族にも・・・。友人にも・・・。
私は今、言いようの無い怖さがゆっくりと心へ浸透していく。
嫌われたくない、見捨てられたくない。彼女らを失いたくない。
私の嘘を知られたくない。本当の私を知られる事が怖い。
彼女ら、彼らが信じている私はどれだ・・・。
それは、三井藤吉郎か・・・。ヒデヨシ・ハシバか。
今まで通り、演じて、彼女たちの信頼を手放さないように。
「皆、私を助けてくれて・・・ありがとう」
ヒデヨシは、いつものヒデヨシはきっと感謝すると思い、感謝を言葉にした。
これが演技なのか、心から湧き上がる言葉だったのかは、それぞれの目にはどう見えていたのだろうか。
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