第五十三話 〜脱出に向けて〜
アクアの部屋では消費されない料理が出され、そして下げられる。
「アクア様、いつまで続けるのですか」
ローズが心配そうに、少しやつれたアクアをいたわる。
「姉さま、今日はパンとチーズも持って来れました」
リールは、上着に隠していたものを自慢気に取り出して、アクアへと見せる。
「あらありがとう、リール」
アクアは、パンとチーズを取り、ゆっくりと食べた。
「こちらもどうぞ、市場で手に入れたミルクです」
ローズが、手持ち鞄から瓶を取り出して渡す。
アクアは、それもいただき、食欲を満たした。
「もう三日も一日一食しか取っておりませんが、本当にお体は大丈夫なのですか」
「ええ、まだ動ける元気はございますわ」
「それに、律儀に約束を守っているように見せませんと、彼も動揺しないでしょう」
アクアは、テーブルに置かれたままの料理に目をやる。
「何か、相手がボロを出すのを待っているのでしょうか」
「ええ、彼がヒデヨシ様に対しての行動をおこせば、ヴェーゼ様の調査に役立つ可能性もあります」
「脱出に関しての段取りは、カールが進めています」
「ヴェーゼ様からの情報が入れば、脱出が実行出来ますわね」
アクアは、計画の順調さに安堵した。
「わたくしも、こんなところで死ぬわけにはいきませんわ」
「ローズ様、明日はもう少し食べるものを持ってきてくださいませんか」
「はい、何か食べたいものはございますか」
「そうですわね、アリスタ自慢のシチューと言いたいところですが」
「何か肉類が食べられると、嬉しいですわね」
「かしこまりました、何か美味しいものを探して参りますわ」
ローズが、にこやかに答えて手を合わせる。
トレヴァーの街にある、ありふれた酒場。
この酒場にある唯一の特徴は、おいしいウインナーを出す事。
今日、ここでウインナーを注文して密会は行われていた。
「ヒデヨシの居場所らしき情報を掴んだわ」
竜の女性、ヴェーゼがウインナーをリールに食べさせながら話す。
ヴェーゼの膝の上では、満面の笑みでリールが座っていた。
大好きなヒデヨシ様、それを探してくれる優しい竜人、リールはやはり懐く。
ヴェーゼは、愛を振りまくリールを撫で続けては目を合わせる。
「ヒデヨシ様を迎えに行きましょう」
リールの意志と共に、耳も尻尾も跳ねる。
「慌てないでリールちゃん、まだ確認が出来ていないの」
「それにあたしはヒデヨシの顔を知らないから、貴女達に判断してもらいたいわ」
ローズがそれを聞きながら、ウインナーとサラダを取り分ける。
「ルーシェルが二日前に奴隷商に接近して、最近売った奴隷の生死を確認しているの」
「その奴隷商に、奴隷の容姿を確認したわ」
「黒髪の青年男性で、貴族のような風格がある男だと言っていたわ」
「ヒデヨシ様ですっ」
リールの耳が跳ね起き、元気な声と同調する。
「可能性は高いと思います、ヒデヨシ様は黒髪の若い男性ですし」
ローズもそれに同意し、ヴェーゼの前にウインナー入りのサラダを置く。
ヴェーゼは皿のウインナーを取り、半分齧った。
「日時を決めて確認しに行きましょう、そしてその日を脱出の日にするしか無いわね」
「はい、わたくしとリールが同行して確認致します」
「脱出計画は順調なのですか」
「はい、ただあまり気が進まなくて」
「そこの気持ちは、後でゆっくり整理なさい」
「アクアって子の言う通り、確実な方法だわ」
二人の会話をよそにリールは、サラダと一緒にウインナーの味を楽しんでいる。
リールが一番大きな葉野菜を取り、ウインナーを包んでヴェーゼの口元へ運ぶ。
ヴェーゼは、器用にウインナーだけを口に入れ、食べた。
「ヴェーゼ様、お野菜も食べないと駄目ですよ」
リールがヴェーゼの目を見て怒る、ヴェーゼはそれに少し気圧されて、身を引く。
「お野菜食べないと大きくなれないって、母様が言ってました」
ヴェーゼは、それに逆らわずにリールが指し出した野菜を口に入れる。
しばらく何も言わずに咀嚼し、ヴェーゼはカップの液体を一気に喉へ流し込んだ。
「それじゃあ二日後に決行しましょうか」
カップでテーブルを叩く音を合図に、決行日が決まる。
カールは一人、脱出計画を進めていた。
街の外れ、無法者がたまる荒れた地域、ここに守衛が近寄る事は無い。
誰一人税金を納めておらず、守護対象として認識されていないからだ。
何が起ころうが領主は関与しない、必然的にそれを好む者達が寄り集まる。
売春や賭博、盗品取引になんでも屋。
酒場の裏手には、喧嘩して死んだ奴が肥料になっている畑があると噂。
その酒場で、副業に情報取引をしている店主が聞く。
「わかった、おめえの話しは信用できそうだ」
体つきが良く、強面の店主がカールの前に料理を置いた。
喧嘩の絶えない酒場、取り仕切る男は、腕っぷしだけなら誰よりも強いから、店主を維持出来ていた。
「間違いないよ、領主は食料を溜め込んでいる」
カールは青々とした新鮮な野菜を見て、フォークを差し込む。
「あそこの倉庫、頻繁に荷車が出入りしてるだろ」
「貴族共だけが飢えないように、他国から大量に仕入れている」
「それで、おめえは折角の情報を広げて何を望む」
「金さ、倉庫一杯の食料は、流すところに流せば今一番高価だろう」
「まあそうだな、戦争でろくな戦果も上がってねえのに、食料はどんどん前線に持ってかれてる」
「クソみてえな領主の鼻をあかせるなら悪くねえ」
「ここに領主がどうとか関係あるのか、この辺りは領主から見放されているんだろう」
「ははっ、違いねえ。だがな、俺達は奪われすぎてもう払えねえって言ったんだ」
「ここは元々国の貴族が楽しむ為の街だぜ、さんざん楽しんだくせに、支払いの半分は領主に戻ってた」
「警備と称して入り浸って居た貴族も、今じゃ顔を隠して入ってくる」
大男は、拳を振り上げてカールに力説した。
「それで、決行は二日後のルーシェルが前線へ兵を出す日で良いか」
「ああ、それまでに人は集めておく」
「しかし領主も報われねえな、おめえみてえな部下が居るとよ」
大男は笑う、黄色く変色した歯を見せ、薄汚い笑顔でカールに顔を近づける。
「俺は金が入れば何だって良い、邸の警備だって、金回りが良いからだしな」
「羨ましいもんだぜ、俺も犯罪歴がなけりゃあな」
当然ながら、情報を買う酒場の店主は、裏取りをして正確性を測る。
カールは、街の守衛、邸の警備隊と同じ格好で、頻繁に邸を出入りしている姿も目撃されている。
カールの調査で、話しに出た倉庫には前線へ送る食料が貯蔵されている事を掴んでいた。
限りなく真実を含んだ情報、しっかりとした裏取りがあるからこそ、真の狙いが闇へと消える。
襲撃を先導し、混乱に乗じて街を脱出する計画。
アクアの考えた計画を、カールが実行して最終段階を迎える。
決行は二日後。
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