第四十九話 〜奴隷として〜
ここはどこだ、なぜ私はここに居る。
ヒデヨシは今、どこにいるのかがわからなかった。
何をやっているかはわかる。奴隷だ。
私の首には、鎖で繋がれた外れぬ首輪があり。足枷もされている。
毎日、畑の世話を日がくれるまで行い、力尽きて寝るまで紙の生成をしている。
周りも同じようなものだ、皆奴隷。
力尽きるまで使われ、力尽きたら捨てる。
人の扱いではなく、話す、交渉の余地はない。
何度か脱出を模索したが、そもそもここが何処なのかすらわからず、行くあてはない。
私の最後の、人間だった頃の記憶、リールのために、無茶な詠唱をした。
目が覚めた時、檻の中で、私はこの農場へ運ばれていた。
何が夢で、何からが真実なのか。
私は三井藤吉郎なのか、それともヒデヨシ・ハシバなのか、或いは別の何か。
今までのものは、辛い現実から逃れようとした農奴の夢・・・。
それが正解とすら思えるほどに、何故こうなったのかが理解出来ない。
私はしっかりと覚えている、今はヒデヨシ・ハシバ。
気絶している間にあった事はわからない。
最悪は、全員が死ぬもしくは、私と同じ状況。
リールは元気になったろうか、魔法は成功していたはずだ。
ここに笑顔は無い、会話も・・・無い。
寝るときは力尽き、起きた時から既に仕事を始め、声を出せば罰を受ける。
横の繋がりなど無く、冷たい主従関係があるだけ。
ああ・・・、寂しい・・・。
三井藤吉郎は、家庭の中に、いつも孤独を感じていた。
形式的な会話と、演技で彩られた生活より、本音で仕事をし、信頼の置ける部下を指示している方が充実していた。
私を信頼し付いてくる部下が成果を出した時、喜びを感じたものだ。
もちろんそれは、私の評価を更に上げ、私に大いに貢献した。
私は部下を利用し、部下も私を利用する、相互に利益のある良好な信頼関係。
ヒデヨシ・ハシバは考えていた。
リーリール・バーンシュタイン。あの笑顔が恋しい。
いつも屈託なく笑い、私の膝の上に座り、尻尾は感情豊かに跳ねる。
私の話しを好み、私と話す事を好み、自分の話しをする事を好む。
周りが見えなくなる癖があるが、彼の全ては愛らしい。
ローズマリー・グリムウェル・スチュアート。
献身的で、いつも私の事を気にかけていた。
頭も良く、仕事に真面目で過去の部下達と比べても優秀。
美しい慈愛の少女、私のような黒く染まらず本当の優しさを持っている。
本来私にはもったいない女性、彼女を騙している事を今は後悔しかしていない。
愛を利用し、彼女を利用した私、本来は彼女との結婚など考える資格を、私は持っていない。
カール。
いつも厳しい事を言ってくる、この世界の友人。
はっきりとしたものを言い、時折驚くこともあるが。
的を外した事ではなく本質を捉える、真面目でしっかり考えていると私は思う。
カズヤと変わらないほどにまでに、成長して戻ってくるとは。
いつまでも友人として、私を支えて欲しいと思う。
アクアマリン・バーンシュタイン。
私の同類。
彼女も、愛を利用して生きてはいる。
その使い方が違うだけで、その効果を理解した上で、利益を計算して動いている。
リールの姉、無償ではない、有償の愛で世界を満たす、愛の女神。
彼女が何故、私にあれほどに愛を向けるのか、彼女の利益はわからないが。
私は、あれほどの愛を向けられた事が無かった。
今はただ戸惑っている、最も私を理解してくれるかもしれない彼女を。
レオナ。
君は今、何をしている。
ラボがどうなったのかわからない。
無事で居てほしい、ただそう願う。
ヒデヨシ・ハシバは涙した。
体を横たえ、眠りに付く前に。涙を止める事が出来ず、体を丸めた。
私は何も気がついていなかった。
私はずっと、救われていた。
ローズに、リールに、アクアに、カールに、レオナに、アリスタに、タダンに、カナンに、ブレサックに、ラボの皆、そしてロイに。ルシアにも、私を助けてくれたダリス伯爵にもだ。
今、これほどに孤独を感じるのは、ラボは私を孤独にしなかったから。
孤独をこれほどにまで寂しいと感じるのは、信頼で繋がった部下と離れているから・・・。
・・・。・・・・・・。
本当にそうなのか、信頼の置ける部下・・・。
信頼・・・。信頼だけでこれほどの寂しさを感じた事は無い。
信頼した部下が裏切った時、怒りは感じたが、所詮利益が一致したからこその信頼だった。
アクアの言葉を借りるなら、これが人を愛するという事・・・なのかもしれない。
この寂しさを埋めて欲しい、ローズと話したい、リールの毛をブラシでとかしたい、アクアにそばに居てほしい、カールと肩を並べたい。
欲求が止まらない、制御が出来ない、寂しい、皆は何処へ行ってしまったんだ。
私を置いていかないで、私はもう、この孤独に耐えられない。
ヒデヨシは、翌日も言葉すら無く目を覚まし、ただ仕事に向かう。
黙々と仕事をし、鞭で叩かれる同僚を横目に、死んだ同僚は腐らないように焼く。
力尽きては眠り、倒れれば鞭が飛ぶ。
気力だけがヒデヨシをかろうじて支えるが、次第に摩耗し折れる日が近づく。
翌々日も、その次も、いつからここにいて、いつまでここにいるのかわからない。
ヒデヨシをギリギリのところで支えているのは、愛しい家族との再開だった。
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