第四十四話 〜行商の旅路が始まる〜
カーサスの街。
農耕が主体で穏やかな時間が流れる、まるで大きな村のような街。
あまり大きな建物はなく、広大な土地に無数の平屋と畑が広がる。
「相変わらず、穏やかなところですね」
ローズが、幌の中から辺りを覗く。
「のどかすぎて、こう見るところが無いですわね、カーサスは」
アクアも見たままの感想をつぶやく。
行商の犬車が、カーサスの街道を行く。
行商人ハシバ一家、ヒデヨシ・ハシバ、アクア、ローズ、リール、カール。
もちろんこれは真実ではない。
だが、何も知らない人達にとっては、非常に仲の良い行商人一家。
常にヒデヨシの腕を取り、寄り添う妻。元気で明るく可愛い息子。
二人の従者も献身的で、誠実な取引を行う姿が漏れ伝わる。
「ゆっくりしたいところではあるが、仕入れはほとんど終わった、そろそろカナリスに向かおう」
ヒデヨシが、一家へと声をかける。
「そうですわね、やはりわたくし、田舎の領は退屈してしまいますわ」
「そうですか、なんだか気持ちが落ち着いてわたくしは良いと思いましたが」
ローズとアクア、その性質を反映するようなそれぞれの言葉。
「今の所、追手と思われるような動きはありませんね」
カールは、荷車の横を騎竜で追従する。
「だが、油断は出来ない、カナリスに入ってしまえば追うのは難しくなる」
「アルベルト様や、ロベルト様に会うことが出来ないのは残念だが・・・」
リールは、商材リストをチェックし、間違いが無いかを確認していた。
「お父様、商材はリスト通りです」
リールは元気に、ヒデヨシお父様に報告をした。
「お疲れ様、リール」
物欲しそうなリール、ヒデヨシは要求に答え、リールの頭を撫でた。
「領境の村、ラクスまでは高速街道が整備されている」
「夕方までには到着するから、村で入国手続きがてら、一泊しようか」
ヒデヨシの言葉に、異論を唱えるものはいなかった。
犬達は、春の匂いをたどり、甘い匂いを感じたところで、ヒデヨシが行き先を指定した。
ヒデヨシ達は、ラクスへ入り、宿を探す。
領境の村なだけあって、村というよりも街に近い。
特に最近は高速街道の件があり、活気が数倍に跳ね上がっていた。
行商と思われる集団も多く、ヒデヨシ達は森の中に落ちた葉と同じ。
宿は増え続ける来客に対応するために増えており、荷車を預けられるサービスが好評だった宿屋がある。
割高な宿代はそのサービスによるもの、ヒデヨシは手近な宿を一つとり、アクアと共に入国手続へ向かう。
需要に供給を。ラクスは今、初期のラボを思わせるような発展の只中にある。
「旦那様、ここもまるでラボのようですわね」
望んだ呼び名、アクアの喜びは尻尾にも移る。
「そうだねアクア、カナリスにもこのまま高速街道が伸びてくれると良いのだけれど」
「旦那様、そうなってしまうと、わたくしたち行商は需要が減ってしまいますわ」
「うむ、だからこそ、今のうちにグリムウェルの商品を売ってしまいたいものだな」
「ええ、値下がりする前にカナリスに入ってしまいませんと」
二人はまるで、長年の行商一家のように自然に話す。
双方ともに、実はこの芝居を楽しんでいるのかもしれない。
やはり、似たもの同士。
互いに互いの演技を試すように、行商夫婦は途切れぬ会話を楽しみながら入国審査局へ足を運ぶ。
「それではヒデヨシ殿、カナリス領への入国手続きはこちらになります」
丁寧な役人に案内され、ヒデヨシとアクアは窓口へと進む。
「まずは、行商許可証と積み荷のリストを提出頂けますか」
「ええ、こちらをご確認ください」
ヒデヨシが、鞄の中から資料を取り出してテーブルへ置く。
「ありがとうございます」
役人はまず許可証を確認し、グリムウェルで発行されている事を確かめる。
商人や行商の台帳があるわけでもなく、複製の困難な証印や署名、そういったものが発行の証明。
住人台帳すら主要都市くらいにしかなく、街の外にそれが出る事もない。
間違いなくダリス伯爵が発行した許可証なのだから、疑われる要因などあるはずも無かった。
「問題ありませんね、それでは入国料をお支払い頂けますか」
「はい、こちらに用意しております」
アリアが袋を取り出し、硬貨を並べて料金を納める。
役人はただ、美しい妻の所作に目を奪われていた。
「ありがとうございます」
「それでは、こちらが入国許可証となります、発行日から一週間以内に入国ください」
「紛失や破損での再発行はいたしません」
「盗難や転売が発覚した場合、今後の入国をお断りする場合もございますので、くれぐれもご注意ください」
役人は、提出された資料をヒデヨシに返し、入国許可証を付け加えた。
「はい、ご注意頂きありがとうございます」
ヒデヨシは、受け取った物を全て鞄にしまう。
「良い商売を」
忙しく仕事をこなす役人は、滞りなく進んだ審査に安心し、一言で送り出してから次を呼ぶ。
ヒデヨシとアクアは、その言葉ににこやかに答え、入国審査局を後にした。
ローズは宿で、深いため息をついた。
ヒデヨシとアクアが審査局へ出向く間、他の三人は借りた部屋の一つに集まり、夕食までの時間を過ごしている。
「ローズ様・・・」
リールは、ため息を見つけて、ローズのところへ滑り込む。
モフモフふわふわはローズを癒やす、その事をリールは理解していた。
「きっとお父様もお母様も、もう会えないでしょうね・・・」
その悲しい言葉に、リールも、カールも、返答は無い。
出来ようはずもない、励ましも、肯定も何一つ助けにはならない。
国を出る直前となり、急激に現実がローズのところへ押し寄せてきていた。
ジェロニアは、召喚により反逆を企てたローレンタール・グリムウェル・スチュアートを討伐するために遠征した。
主犯の父が逃げれば、国は滅ぼされ、匿った者達は全て処刑されるだろう。
父が、それを望まず、その身に全ての罪を請け負うなど、容易に想像できる事。
ローズの涙、リールはただ、傍らに居て、ローズの手が伸びる事を待っている。
カールは、気まずく話せないまま、本を取って読むふりをした。
ページを適当にめくり、最近覚えた単語が出てきて読もうとして、本が反対だったことに気がつく。
カールはゆっくり、本の向きを正しい方に戻した。
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