第四十三話 〜旅立ち〜
立派な毛並みの大きな狼、そして荷車には積めるだけの食料と、商材が積み込まれた。
「ヒデヨシ様、いかがでしょうか、行商人ヒデヨシ様の妻に見えますでしょうか」
アクアマリンが、満面の笑みでヒデヨシへと尋ねる。
綺麗なドレスを脱ぎ、長年着古したボロを着る。
尻尾も少し嬉しそうに跳ねていた。
「ええ、貴族の令嬢には見えづらくなりましたね」
ヒデヨシは、にこやかに答える。
「アクア様・・・」
ローズは、同じような格好に着替え、妻と言う言葉に反応した。
「ローズ様、行商に扮して進む以上、この配役はしょうがありませんわ」
アクアは、やはり勝ち誇りを隠せずにいた。
夫のヒデヨシ、妻のアクア、息子のリール、そして護衛兼商隊の二人。
アクアの子供がリールであるという事は、見た上そのように見えてもおかしくはない。
ローズの子供がリールであるは、どうしても無理があった。
「はい、僕のお父様とお母様はヒデヨシ様と姉様です」
リールの元気が、ローズに突き刺さる。
そのままリールは、ヒデヨシの手を求めて隣へ。
左手でヒデヨシの手をつなぎ、右手でアクアの手を求めた。
「父様っ、母様っ」
リールは、とても満足そうにこの配役を演じ始める。
「リール」
アリアが、少し寂しそうに両手を広げて、息子を求めた。
リールは二人から手を離し、もう一度母の胸に飛び込む。
「母様、もちろん母様は本当の母様です、でもしばらくは姉様が母様なので・・・」
「そうね、必ず元気で戻って来るって母様に約束して」
「はい、必ず母様のところへ戻ってきます」
しばしの余韻の中、ダリス伯爵は少しの金を入れた革袋を持つ。
「ヒデヨシ殿、とりあえず不自然で無い程度の金を渡しておく」
ダリス伯爵は、革袋をヒデヨシへと差し出した。
「何から何までありがとうございます、ダリス様」
「私に出来るのはここまでだ、このままカーサスを目指し、カナリスを抜けてカザルを目指すと良い」
「カザル領主、アザゼル様は話しがわかる方らしい」
「貴方の知恵を使い、この状況を打開する策を見つけてくれ」
「はい、それでは行ってまいります」
エドガーと対等になるためには、力が必要となる。
話し合うために必要な力、ダリス伯爵にはそれは無かった。
ヒデヨシが対等になる手段、ダリス伯爵はそれをカザルに見出している。
ヒデヨシの作る未来を見たい、その思いがこの運命を作った。
二匹の大狼が力強く土を蹴る。
沢山の人と商材を乗せた、重たい荷車が邸を出る。
幌の中から半獣の親子が姿を見せ、家族への別れを惜しむ。
大きな耳を揺らし、半獣人の貴婦人はいつまでもその姿を見送り続けていた。
「貴方、あの子達はきっと無事で帰って来るわよね」
「ああ、大丈夫だ、信じてまとう」
しばらくの間、夫婦は寄り添い、ダリス伯爵は、アリア婦人の肩を取りながら邸の中へと戻っていく。
カールが全力で走る犬を操る。
荷台の方では、ヒデヨシ様に絡みつく妻と息子。
「やはり運命を感じますわね、旦那様」
アクアが、潤んだ瞳でヒデヨシを見る。
「アクア様、しばらくは夫婦と言う形となりますので」
「アクアとお呼びする事を許して頂けますか」
ヒデヨシは、冷静に、にこやかなまま妻への承諾を求める。
「ええ、もちろんですとも、ではもう一度呼んでくださいまし」
「・・・、しょうがない人ですね・・・アクア」
アクアは、その言葉を反芻するように時間を使った。
ローズは、黙ってその光景を見て、唐突に動きを見せる。
「アクア様、浮かれてばかりもいられませんよ」
ローズが、決心したように二人の間に割って入る。
露骨に引き裂くようにして、ヒデヨシへのアピールを考えた。
「追手もまだどうなるかはわかりません、せめてカナリスを抜けるまでは気を抜かないように致しましょう」
「そうだな、顔が割れている可能性もある」
「カナリスを抜けるまでは、あまり休まずに行こう」
カーサスまでは高速街道で進む事が出来る、カールは犬達の後ろ姿を見て、もしかしたら村の牧場で育った犬かもしれないと考えていた。
切りが良いので、第一章はこれで完結します。ここからはグリムウェルを離れ、旅の道中を書く予定です。




