第三十六話 〜ラボ、雨の降った、ただの一日〜
ラボ、冬の冷たい雨が静かに降る。
「今日は外に出れないなあ・・・」
リールの小さな手は、窓を少し曇らせている。
「リール、ねえこれからどうするの」
アクアが、盤面を見て困った顔をしている。
ローズの一手に、アクアは答えを出せないでいた。
「これは、こちらへ対応していくと良いですよ」
ローズが、にこやかにアクアの指し手を示す。
「あ、ローズ様ずるいです、そちらの対応をさせて逆を攻めるつもりですね」
リールが将棋盤に近づき、別の一手を示す。
「えっ、どちらが良いのかしら」
アクアが板挟みになり、困った様子で二人を見る。
「姉様、ローズ様は敵です、僕の手を信じてください」
リールは腰に手をつき、ふんぞり返る。
「わたくしはそんな卑怯な手は使いません、リールこそ検討が甘いのではないの」
リールとローズが競い合う、二人共結構負けず嫌いなのだろう。
「いーえ、僕はローズ様の不自然な盤面からちゃんと判断してますー」
リールは口を尖らせる。
「この盤面は初心者のアクア様に教えているからです」
ローズは、リールに顔を近づけて、リールを威圧する。
「ふふ、リール、こっちにいらっしゃい」
アクアは、自身の膝を指定し、リールに座るように促す。
膝の上に座ったリールを抱きかかえ、アクアは不敵に笑った。
「さあリール、ローズ様はわたくし達の敵です」
「一緒に悪い女をやっつけますわよ」
そう言って、アクアはもう一度楽しそうに笑みを浮かべた。
アリスタの酒場、雨が降るこの日でも客足は途絶えない。
ランチが終わり、人がまばらになっている中、一組の男女がデザートを楽しんでいた。
「レオナ、調子はどうだ」
「はい、大丈夫ですヒデヨシ様」
少しよそよそしく、レオナはヒデヨシに答えた。
「部隊を退職したと聞いた、それで少し心配していたんだが、顔を見て安心した」
「声をかけてくださってありがとうございます」
「その、私のせいだったのなら、何か仕事を斡旋・・・」
「違います」
レオナは言葉を切り、責任を否定した。
「ヴィンクスの襲撃以来、ずっと考えていたんです」
「戦うのが怖いって・・・」
「あの時、死ぬんだなって思って、でもヒデヨシ様のおかげて生きてて」
「あれ以来、訓練してても何か違う気がして、あたしじゃあもう強くなったり守ったりは出来ないかなって」
「レオナ・・・」
「これからは、何かを作ったり、作る人の手伝いがしたいなって思いました」
「なあレオナ、ブレサックのところで働かないか」
「え、村長先生のところですか」
「ああ、ずっと人手が足りなくてブレサックからいつも頼まれていた」
「でも、あたし頭が良くないし、学校の先生なんてとても・・・」
「常に教えると言うより、教師のサポートをしてほしいんだ」
「それに、レオナはこのラボを初期から支えてきた功労者でもある」
「こんな事しか協力できないが、もっと自信を持って良いんだぞ」
レオナは、リンゴのジュースを少し飲み、その味を感じる。
「わかりました、村長先生と話しをしてみます」
「ああ、私は同行しなくて大丈夫か」
「はい、大丈夫です、ありがとうございます、ヒデヨシ様」
レオナは微笑み、ヒデヨシを見る。
その唇は、何かを求めているように動いたが、すぐに閉じられた。
酒場の屋根に雨が当たる音が響く、ただそれだけの時間が少し過ぎる。
「あ、ヒデヨシ様おかえりなさい」
元気に跳ねて、リールは迎える。
「「ヒデヨシ様、おかえりなさいませ」」
その後ろでは、ローズとアクアが同じ言葉を同時に言って、お互いを見る。
「ああ、ただいまみんな」
ヒデヨシは、濡れた衣服を払いながら三人に微笑む。
「いかがでしたか」
「ああ、交渉は問題なさそうだ、カーサスの農夫に少しラボに移住してもらう」
「教わるのは肥料や土壌改良、後は植える順番だな」
「アレは本当に驚きました」
ローズは、ヒデヨシの濡れたコートを自然に受け取りながら話している。
「作物を特定の周期で植える事が、土壌に良い効果を生むなどとは、発想すらしていませんでした」
「そうだな、農業とは奥深いものだな」
アクアは、自然と寄り添うローズを見て、自身の空いた手を眺める。
その空いた手を塞ぎ、滑り込むようにリールの手は重なった。
「ヒデヨシ様、姉様も今日で戦術を四つも覚えました」
リールは、姉の成果を叫ぶ。
「おお、そうか、やはりアクア様は覚えが早いですね」
リールはふんぞり返り、姉を誇らしげにしている。
「わたくしにかかれば、将棋など造作もありません」
姉も、弟と同じように自信を見せた。
「頼もしいかぎりですよ、アクア様」
ヒデヨシは、そんなリールの頭を撫でながらアクアに微笑む。
「アクア様が来てくださってから、私の書類仕事がかなり減りましたし」
「外交関連でも助けられておりますから、他の事をする余裕が出来て来ました」
「ありがとうございます、アクア様」
「ヒデヨシ様にそう言って頂けると、こちらへ来たかいがあるというものですわ」
アクアは少し照れて、目をそらしながらリールを触る。
「それでは、今日のお夕食は何になさいますか」
ローズが三人に尋ねる。
「僕、お鍋が良いです」
「今日は寒いからな、良いんじゃないか」
リールの一番槍に、ヒデヨシが続く。
「今日の食材でできるかしら・・・」
「牛と竜の肉と野菜が少しありましたわね、ソースはアリスタから買えば良いのではありませんか」
アクアが人差し指で顎を触り、備蓄を思い出しながら答えた。
「そうですね、それじゃあ今日はお鍋にいたしましょう」
ローズが手を合わせ、全員が目標に向けて動き出す。
四人はすっかり、家族のように過ごしていた。
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