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The way to the kings  作者: 使徒澤さるふ
第一章 グリムウェル編
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第二十九話 〜優しさと愛〜

 「大変お待たせいたしました、ヒデヨシ様」


ラボの昼前、アリスタの酒場ではランチの準備を忙しく行っている。


すっかり寒くなった昨今は、ポトフなどが人気メニューとしてランチを彩る。


綺麗な犬車から降りる獣耳の美人。


アクアマリン・バーンシュタインは、喜ばしい報告をした。


「お待ちしておりましたよ、アクア様」


「お姉さまっ」


リールは急ぎ、アクアの胸に飛び込んだ。


「ふふっ、リールの毛なみも元気で嬉しいわ」


アクアはリールを撫で回し、ふわふわを確かめる。


「姉さまのお部屋は、僕が整えておきました」


「ありがとう、リール」


「アクア様、よくおいでくださいました」


青筋を立てたまま、ローズがアクアを歓迎する。


「そんなに、急いでおいでいただかなくても大丈夫でしたのに」


「あらローズ様、わたくしがラボに住むと困るかしら」


「いーえ、そんな事はございません」


アクアが口元を歪ませ、そっぽを向くローズに話す。


「心配しなくても、ヒデヨシ様を独占するつもりなどございません」


ローズの顔が急激に赤へ染まり、大慌ての釈明は言葉にならない。


「あのっ、ちがって、独占したいとかではなく、その・・・」


「ヒデヨシ様の右腕は私が独占いたしますので、左腕はお譲りいたしますわ」


そう言って、アクアはヒデヨシを引き寄せた。



 部屋の整理に勤しむアクアマリン・バーンシュタイン。


「アクア様、こちらが最後の荷物ですよ」


ヒデヨシが、大鞄を抱えて入室する。


「ありがとうございます、ヒデヨシ様」


「やっぱり殿方がいてくださると、はかどりますわね」


・・・。


「さて、これでやっと二人きりになれましたわね」


大鞄を置くヒデヨシに、アクアの声が届く。


「はあ・・・、やはりそれが目的でしたか」


「はい、もちろんです」


「ふふ、ヒデヨシ様、わたくしの事は真剣に考えていただけませんか」


いつも通り、アクアは胸元を見せつけながらヒデヨシの手を取る。


「わたくしは、貴方にとって魅力のない女性なのでしょうか」


ヒデヨシの引き寄せられた手は、アクアの胸にゆっくりと近づけられていく。


「アクア様、聡明で美しい貴女に好意を持たれるのは嬉しく思っています」


ヒデヨシは、アクアの肩に手を置き、動きを制する。


「貴女の事を大切に思うからこそ、自分の価値を下げるような事をなさらないで欲しいと思います」


「価値を・・・、下げる・・・」


「ええ、自分の体を大切にしてください」


「こんな、体を利用して誘惑するようなやり方は好きになれません」


「・・・、不思議な考え方をされるのですね」


「わたくしは、愛されるために利用できるものはすべて利用するべきだと思いますわ」


「わたくしは、貴方に愛されるために、この体を利用できるなら喜んで利用いたします」


アクアには、いつもの艶が感じられなかった、強い意思を込めたような目でヒデヨシを見る。


「アクア様、貴女の期待には答えられそうもない、私が愛を語ることはありません」


外の喧騒が窓から染み出す、ラボの住民はそろそろアリスタの酒場に集まって来る。


アリスタはいつも通り、酒の搬入に精を出していた。


「なんとなく、わたくしの事を理解することが出来ました」


「アクア様・・・」


「なぜ貴方にこれほどまでに惹かれるのか、その理由がきっとここにある」


「だからこのような膠着状態は、わたくしの望む状況ではございません」


「貴女は何を望んでいるのですか」


「愛するヒデヨシ様の事をもっと良く知りたい、わたくしはそれだけですわ」


「愛のために様々な人を観察して、わたくしはその人となりを知る事が出来ました」


「それなのに他の方々とは違い、本当のヒデヨシ様が見えてこない」


「わたくしに、見せていただけませんか」


アクアから少し離れながら、ヒデヨシはそれに答えなかった。


「人間観察が趣味とは、良い趣味をお持ちですね」


「ですが、私はただのヒデヨシです、底などすぐに見えてしまいますよ」


アクアマリン・バーンシュタイン、去っていくヒデヨシを見て、人知れず涙を落とした。


その頬をつたうものを触り、自身に湧いた複雑なものを言葉にすることが出来ずに佇む。


なぜ、これほどまでに寂しい、人恋しい気持ちになるのだろう。


愛が返って来ない、これほどの悲しみをわたくしは感じたことが無かった。



 ルビーが揺れる、まるで揺らめく炎のように。


アクアマリン・バーンシュタインは机に向かい、言葉にならないものを文字にする。


殴り書かれたその文字は、今の自分を色濃く反映し、整理の無い煩雑なものになっていた。


わたくしの人生は、愛こそがすべてを良き方向に導いてくれた。


人を愛すると、必ずわたくしにも愛を向けてくれる。


だから注意深く観察し、その趣味趣向を見極めて駆け引きを行う。


金や欲望にまみれたつまらない貴族でさえ、わたくしの愛で包み込む事など容易な事だった。


その貴族は今でも有益な情報をわたくしにもたらすが、底の浅さに小さな器。


とても対等に話せるような男ではない。


ヒデヨシ様は、間違いなくわたくしと同類なのだが、決定的な違いを感じる。


ヒデヨシ様から返ってくるものは愛ではない、それなのに愛のようにも感じる。


きめ細かく、わたくしの事を見ている、わたくしが観察しているように。


ヒデヨシ様は優しく、底もしれずに、わたくしすら包み込んでくれるのでは無いかと感じる事がある。


愛ではなく、優しさが自分を最も良い方向に導く・・・。


同じような思考、同類であるわたくしと、ヒデヨシ様の決定的な違いかもしれない。


でも、なぜそうなるの・・・。


愛することもなく、優しさだけなんて事がありえるのかしら。


わたくしは、愛するからこそ優しくできる。


なぜ、ヒデヨシ様はそれほどまでに愛を恐れているの・・・。


誰一人信じていない、冷酷な人とも違うように思う。


冷酷な人は、愛が無い故に優しさも持たない。


わたくしの愛は、巧みにかわされ、ヒデヨシ様の優しさが胸をえぐり取った。


愛の無い優しさが、これほどまでに悲しいものだとは知らなかった。


人は孤独では生きては行けない、だからわたくしは愛で、今の幸せを掴み取った。


これほどに孤独で、優しく、全てを包み込むようでいて、いびつな愛のイミテーション。


わたくしが、ヒデヨシ様に本当の愛を教えて、世界一優しい方の孤独を癒やす。


きっとそのために出会い、恋に落ちた。


これがヒデヨシ様に一目惚れした本当の理由、やはりわたくしの直感は正しかった。

続きが気になる時は、応援の意味も込めてブックマークや感想など頂ければ、モチベーションにつながります。

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