第二十八話 ~真の貴族~
ジェロニア王城、王座の間。
オルカー・カールスハルトは、エリオノールとカールを引き連れ入室する。
「オルカー、その二人が適正者か」
「はい、まだエドガー様の修練を受けられませんが、お眼鏡に叶うと確信しております」
オルカーが、王に傅いて答える。
「エリオノール・バーンシュタインです」
「カール、ただのカールです」
赤黒い髪の美青年と、金髪の好青年がそれぞれ名を告げる。
素早く跪いて礼を尽くす美青年と、遅れて同じく跪く好青年。
カールは、貴族的な礼節にいまだに慣れていない。
「偽ることなく率直なものを聞きたい、この国をどう思う」
エドガーが、王座で足を組み尋ねる。
「私は、まだわかりません」
エリオノールが、まず話す。
「ジェロニアの貴族には、私の父から感じる正しい在り方を感じません」
「晩餐会にも参加しましたが、誰一人前線の事も、領民の事も話していません」
「私は、領民と家族を守るために鍛錬を積んでおります」
「領民が私を生かしてくれるからこそ、私は鍛錬に専念する事が出来ました」
「この国の貴族には共感出来ない事が多いですが、オルカー様は信じております」
「私はジェロニアでは無く、オルカー様について行きたいと思っています」
エリオノールの厳しい指摘、エドガーは黙って聞いていた。
「俺はジェロニア貴族の目が好きじゃありません」
「なんて言ったらいいのかわかんないんですが、皆楽しそうじゃないって思います」
「母さんは、いつも犬とか騎竜とかへ楽しそうに話しかけてたし」
「犬達はいつも大きな舌で俺をなめるんだけど、弟達はそれを喜んでました」
「ヒデヨシ様の周りも、いつも皆楽しそうに笑ってた」
「皆で考えて、暮らしが良くなって、アリスタのところで飲んでました」
「俺はそれが当たり前だと思ってたけど、この国にはそれが無いんです」
「俺は考えるのは無理なんで、暮らしを良くしてくれるヒデヨシ様と、楽しそうな皆を守りたい」
「俺は剣とか、力を付けるためにここにいます」
カールの目は、真っ直ぐにエドガーを見つめていた。
「エリオノール、カール、剣を抜け」
エドガーが、真新しいクレイモアを抜いて構える。
「エドガー様、まだ二人は・・・」
オルカーが、エドガーを制するように立つ。
「殺すつもりなどない」
オルカーの、唾を飲み込む音が聞こえてしまった。
対峙する三人、その行く末を考え、オルカーにはエドガーの真意を測りかねていた。
二人の回答は、エドガー様の理想とする回答ではなかったように思える。
高潔な精神を感じるものの、それはジェロニアやエドガー様に向けられたものでは無い。
エドガー様は多くを語る人ではないが、二人をすでに認めているように感じる。
巨大剣を片手で持つエドガーの前に、エリオノールとカールが立ち構える。
「エリオ、合わせてくれ」
口火を切るのはカール、エリオノールは予想通りの言葉にただ体を動かした。
左右からの斬撃、エドガーはクレイモアで同時に弾く。
まるでナイフを扱うようにクレイモアが跳ねる。
二人の剣は、二人の実力により手から離れる事が無かった。
二人の剣戟は、その剣が使い物ならなくなるまで行われる。
エドガーは反撃をせず、全てをクレイモアで受ける。
受けるたびに、クレイモアの大きさと重さが交差点を破壊する。
終わりは、存外に早かった。
二人の望みなど叶うべくもなく、持ちこたえられず折れて先が飛ぶ。
「くっ、ダメかっ」
エリオノールは、折れた剣を見てその動きを止めた。
カールは、折れた剣をエドガーに投げ、拳を握りしめて間合いを詰める。
エドガーが笑い、折れた剣を躱してカールの肩に掌底を入れる。
軽く打たれた掌底で、カールは壁まで一直線に飛ぶ。
壁に激突したカールはそのまま跳ね、もんどり打って倒れた。
「げはっ」
胃の中を吐き出しながらも、カールは息をすることが出来ていた。
「カールっ」
エリオは、素早く駆け寄りカールの無事を確認する。
「げほっ、ごほっ」
「生きてるな、カール」
エドガーが、二人の元へ歩み寄る。
「お前たちは弱い、だが貴様らは騎士として、貴族としてふさわしい」
「オルカー、明日からは可能な限り俺も訓練に参加する」
オルカーが、エドガーに傅いて答える。
「ありがとうございます、エドガー様」
エドガー・ワイマークは、自身が父ジェロイの遺志を次ぐものだと確信している。
そして、この世界に最も必要なものは圧倒的な力と、真の貴族による統治。
三百年間で真の貴族が腐敗し、豚に取って代わられていた。
涙ながらの食事をしていた父、その意味に気がついたのは死後。
今思えば二週間もの間、父は食事の時に涙を流していた。
なぜ、父は自身の殺害計画を受け入れてしまったのか。
毒入りの食事に気が付きながら、なぜそれを咎めようとしなかったのか。
俺は、父の判断は誤りだったと確信している。
父の涙は、豚どもに裏切られた事への悲しみだったに違いない。
悲しむのではなく、断罪し皆殺しにするべきだった。
私腹を肥やし、己の欲望のためにのみ父を殺害したのは明らかだったのだ。
自身の子孫に殺される悲しみは、父の心を砕いてしまったのだろう。
老いた父は、悲しみと絶望の中に沈み、王としての責務を放棄してしまった。
だからこそ、この俺が正しく遺志を継ぎ、継承せねばならない。
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