第二十七話 ~ジェロニアの光と闇~
冬でも雪が降らないジェロニア、カールスハルト邸。
カールが、鬼気迫る表情でオルカーに襲い掛かる。
巧みな連撃、それでもオルカーに届いているものは無い。
左手に持つ剣で躱し、いなされ、受けられる。
オルカーは、全ての剣戟を目で追っていた。
そう、全て追えている。
オルカーに訓練を受ける、同僚のワイスが呟く。
「すげえ・・・流石オルカー様だ・・・」
カールも、この圧倒的な力量差に気がついてしまった。
予測や癖を知った上で対処しているわけじゃない。
俺の動きを見て、ただそれに反応して対処してる。
これはもはや人間がやるべき動きではないだろう、特にカールに対してやれる事ではないはず。
カールの実力は、すでにオルカー配下の中ではほぼ最上位と言って良い。
予測や経験測で対応しても、ワイスでは受けるので精一杯。
目で追う事など到底無理な話しだった。
その剣戟を、オルカーはただ目で見てさばく。
見守る誰もが、圧倒的な実力差を感じていた。
自身とカールにも届くとは思えない差を感じるというのに、オルカーとカールはそれ以上に差を感じる。
ふと、防戦に徹していたオルカーが剣を振り上げた。
重い縦への一閃、刃を落とした訓練用にも関わらず、死を意識させるのに十分な速さ。
剣の交差点から火花が散る、カールの反応は間に合い、ななめに受けて刃が滑る。
オルカーは、予想外の反応に驚き、剣の勢いを制御しきる事が出来なかった。
カールは、そのわずかな隙に入り込む。
オルカーの剣に足をかけ、オルカーの首元に剣を当てる。
「カール、君の勝ちだ」
オルカーの宣言により、戦いの終わりが訪れた。
「全然、勝った気がしません、オルカー様」
カールは、率直な気持ちをそのまま言葉にした。
「そう言うなカール、君は強い」
オルカーは、自身の右手をカールに差し出す。
「まだまだです、絶対にハンデ無しで戦えるようになって見せますよ」
オルカーは、満足そうに笑う。
ハンデ戦、そうオルカーは右利きだ。
更に言うと、重装の手甲と足甲を付け、軽装のカールに対峙していた。
右手は一度も使用せず、開始位置もほとんど動いていない。
これが、世界の頂点と言われるエドガー、その斬撃を受け止めて生存している三名のうち一人。
エドガー親衛隊、オルカー・カールスハルトの実力。
ジェロニア、ディルク領。
「た、助けてください、エドガー様」
オーメン・ディルク公爵、恐怖に歪み、助けを懇願する。
「仲間を吐かせろ、奴隷の購入先から追う」
「かしこまりました、どの程度拷問しますか」
「こいつの趣味だ、全部使ってやれ」
「そんなっ、待ってください、朕はそのような事をしておりません」
エドガーの従者、騎士の一人は侮蔑の表情でオーメン・ディルクを見た。
「ひっ」
騎士はオーメン公爵の足を切り、動きを抑制する。
「あっ、血、血がっ、朕をこのような目にあわすとはっ」
「エドガー様、地下で見つかりました」
この場に走りこんできた騎士は、叫ぶ公爵を見もせずエドガーへ傅く。
「そうか、俺も行く」
「その・・・、あまり見て気持ちの良いものではございません」
「わかっている、案内しろ」
地下室、腐臭と血、臓物のにおいが充満する中、エドガーは無表情に進む。
一つ目の部屋、人間の標本が飾られている。
剥製は壁掛けとして使われ、模造の瞳がエドガーを見つめている。
内臓が瓶詰めに保存され、何かに使われているように思える。
二つ目の部屋、最も血が染みこみ、人の油が床を滑らせる。
数々の拷問道具、改良と改造を繰り返し、最も楽しめるように趣向が凝らされていた。
器具の中には取れなくなった髪の毛と、指の一部が貼りついている。
三つ目の部屋、怨嗟の声と懇願。
エドガーはただ、死を欲する部屋の者達を全て殺した。
人体実験の犠牲者達、内臓に手を加えられたもの、四肢に手を加えられたもの、開頭手術。
エドガーは、これらを救う方法が死であると判断した。
四つ目の部屋、生存者達。
人の足音に怯える彼らは、その足音の区別をしていなかった。
顔も表情も、部屋の者達は区別をしていないだろう。
彼らは等しく、全てに怯えているのだから。
「彼らはどうされますか」
「解放し、オーメンの犯罪を証言させろ」
「情報と証拠が出そろったら、オーメンをジェロニアで処刑する」
「サツラン、今日からお前はサツラン・ディルクと名乗れ」
「ここは貴様が統治しろ」
「はいっ、いやしかし男爵の私が諸侯を差し置いて・・・」
「三か月後に視察に来る、その時にある程度の結果を見せろ」
奴隷商の噂から、ようやくオーメン・ディルク公爵の処断に至る。
密かに拷問を趣味としていた貴族は多いが、公爵家が捕らえられるなど異例。
ジェロニア建国以来初の、公爵家当主の処刑。
それは、三週間後に行われた。
エドガー・ワイマーク。
選定を急がなくてはならない。
俺が選んだ者が統治する世界、国主や領主の適正を持つ者達が足りない。
役にも立たず、肥え太る連中のすげ替えが全く進んでいない。
妙に政治に優れ、徒党を組み始めた事で更に遅れ始めた。
カザルとの戦線も後退し続け、このままでは間に合わなくなる。
世界各国の統治者は俺が選ばなくてはならない、他の誰にも任せるべきではない。
アザゼル様は捕らえ、俺の考えを理解して頂く必要がある。
そのためにもカザルまで前線を押し上げねばならないのだが・・・。
豚どもを前線に送る方法があれば良いのだが、上手くいかないまま勇猛な愛国者が死んでいく。
高みの力を得られるものは、必ず高潔な精神を持つ。
高みの力を授ける時間が無く、無為に高潔なる者共を失う。
エドガーは、怒りに任せ、大きな柱を砕いた。
「エドガー様、オルカー・カールスハルト、参上いたしました」
「入れ」
俺の力を与えるにふさわしい高潔なる者達の選定、より一層急がなければならない。
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