第二十六話 ~静かな冬~
グリムウェルの冬。
「予想の数倍もコストがかかるな・・・」
ヒデヨシは、ガラスで作られた小屋の前で呟いた。
「二か月かけて、クロストからガラスを調達しての事でしたからね・・・」
ローズが、悲しそうな顔をして返答する。
「ビニールやプラスチックが製造出来れば、予想の半分以下で済みそうなのだが」
「ハウス栽培自体は、年中同じ環境が作れる為、最高の案なのですけれど」
「室温調整のために魔熱石や魔冷石が必要になりますが」
「グリムウェルで魔導石を作れる魔導士は、十人程度しかおりません」
「魔法研究さえ手が付けられれば改善できそうなのだが・・・」
悩むヒデヨシは首をひねる。
「国内の魔導士は、育成や研究に割く時間が無いほどに忙しいですからね」
「魔光石、魔熱石、魔冷石、魔風石、これらの生活必需品の製造環境を改善しないと話しも出来ん」
ローズが、資料を手に報告する。
「現状の初期投資と維持コストでは、一般栽培の野菜に比べて五~八倍の値段になります」
「五倍の値段にして、初期投資の回収に二十五年、厳しいな」
「こんなもの販売しても買い手がつかん」
ヒデヨシが、悔しさを顔に出す。
「ひとまず問題点をリスト化しつつ、ハウス栽培を実践してくれ」
「かしこまりました、ハウスの改良についても何か案を出してみますわ」
「ああ頼む、私はオーガスト伯爵様に技術面を確認してみる」
ガラス張りの小屋が風で鳴る、ヒデヨシはそれを見ながら今後を憂うように見つめている。
オーガスト・レイヴンクロスト。
技術の街、クロストの領主であり、オーガスト商会の商会主である。
大きな体のオーガスト伯爵は、自室で話しをしていた。
「それでは父さん、これから私達はカナリス伯爵連合国へ出立いたします」
「ハーマン様とは経済同盟の話しがようやくまとまった、交易路の交渉についてはお前の裁量に任せる」
「戦争が始まって以来、形ばかりの同盟でしたが、これでようやく進みましたね」
オーガスト伯爵にも迫る大男、痩せたオーガスト伯爵はきっとこうなるのだろう。
「ジェイスよ、良い知らせを待っている」
「ええ、ガラデアにもすぐに向かいますので、連合の結果は部下に報告させます」
礼儀正しく、ジェイスは部屋を出ていく。
オーガスト・レイヴンクロストは考えていた。
なんなのだ、これは。
全てがヒデヨシ・ハシバの思い通りに運んでいる。
まるで、この私がヒデヨシの手の上で踊っているようではないか。
奴の発案で私が儲かり、見返りはラボへの資金提供。
まるで全て私の功績であるかの様にうそぶかれ、私のプライドなど消えさってしまった。
オーガストは苛立ち、グラスを一つ投げ割る。
「この私を操れると思うなよ、ヒデヨシ」
オーガスト・レイヴンクロストの怒り。
怒りの源流はどこにあるのか、本人すらもその正体を知るかはわからない。
怒りは最も複雑な感情、だからこそ最も解決せず争いを産む。
グリムウェル、ローレンタールの自室。
「長かったが、国と国の交易路を作る段階まで進む事が出来た」
ルシアが紅茶を入れ、ヒデヨシとロイの前に置く。
「連合とガラデアが、同時に行われることになるとは思いませんでした」
「ああ、オーガスト伯爵の商売力と人脈の賜物ではある」
「先日、連合の南端が前線となった事も大きいです」
ロイが紅茶を一口飲む。
「ジェロニアがこれほどまでとはな・・・」
「連合との同盟は、ジェロニアとカザルの動向を共有する為のものです」
「戦争が始まってからのジェロニアは、以前にも増して横暴が目立ちます」
ルシアがカーサス紅茶の瓶を手に取り、棚へしまう。
「搾取ばかりのジェロニアと決別し、カザルとの同盟を目指したのが、連合に接触した真の目的でした」
「召喚も、この状況への打開策を求めた同盟計画の一部です」
ヒデヨシは黙って紅茶を飲む。
「召喚に使う魔道具は、半年以上かけてカザルから入手して、現在に至ります」
「ジェロニアは、エドガーとその直下のみが指揮が高く、他は極端に低いらしいな」
「エドガー様の実情は、良くわからないと言うのが本音です」
「エドガー様に従うものは、ジェロニア貴族として迎えられているらしいと言う事はわかっています」
「ただ、その裏では従わない者達を処刑し続けていると言う情報が、多く聞こえてきます」
「エドガーの独裁による指揮統制を図っているようだな、悪くはない手だが・・・」
「末端への効果がほぼ無く、カザルの方がマシだと考えた前線の国が離反しています」
「離反による前線の後退、もはや戦争とも呼べないものになっているな」
「ただ、エドガー様の親衛隊だけは常勝無敗で、粛清された離反国家もあるそうです」
「前線の後退に伴い、離反への取り締まりも厳しくなる可能性が高い」
「ロイ、ジェロニア離反同盟については、より一層経済同盟である事を強調した方が良い」
「ええ、より一層警戒して外交していくようにいたします」
綺麗な細工が施されたスプーン、ヒデヨシはそれを紅茶に沈める。
「ヒデヨシ様、お寂しくはございませんでしたか」
扉を激しく開ける音に、リールが跳ねる。
「お姉さまっ」
ふわふわ尻尾の二人、リールはアクアに絡みつく。
「アクア様、おはようございます」
「はい、おはようございますヒデヨシ様」
「アクア様、朝ごはんはもうお済ですか」
ローズが、包丁を手に持ったままアクアに聞く。
「ローズ様、いただきますわ」
「そうですわヒデヨシ様、四日前に大きなお祭りがあったそうですね」
「僕、優勝しましたっ」
「そう、わたしの可愛いリールが優勝したともお聞きしました」
「ああ、お祭りと言うか将棋の大会が思った以上に盛り上がってね」
「なぜわたくしを呼んでくださらないのです」
「え、アクア様はあまり将棋に興味を持たれておりませんでしたので」
「お忙しい中、お呼びするのもどうかと思いましたが、いらぬ配慮でしたでしょうか」
「わたくしは、ヒデヨシ様とお祭りを楽しみたいのです」
アクアは、テーブルに両手を付いてヒデヨシに迫る。
相変わらず、胸元を大きく開いてしっかり見てもらう。
「それは申し訳ございませんでした、アクア様」
「今度何か催す時は必ずお呼び致します」
「嬉しいですわ愛しい旦那様、一緒に居られなかった旦那様も寂しかったと思いますので」
「今日はたっぷり埋め合わせ致しますわ」
絡みついて押し付けるアクアを見て、ローズは朝食の皿で二人の間を裂く。
「朝食が出来ました、ヒデヨシ様、アクア様、くっついていると食べられませんので」
「席にお戻りください」
女の闘いは続く。
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