第二十四話 ~アリスタ杯~
おそらく、ラボ始まって以来の大きな祭り。
アリスタ杯。
本日の再注目カード、リーリール対ローズマリー。
ローズマリーの速攻戦術には、角交換に応じないのが良いとされていた。
リーリールは考えていた、本当にそうなのだろうか。
ヒデヨシ様がもたらした囲いは、角が重要視されている。
誰もが角交換を嫌がり、右辺から食い破られての防戦一方。
ジリ貧の挙句にミスをして敗北。
昨日レオナさんは、深く考えずに角交換して、泥試合の末にローズ様に負けた。
レオナさんの、プラスなのかマイナスなのかわからない指し手には、ローズ様も翻弄されていた。
▲8八銀、リールは角交換を受け、銀の動きを囲いの初手とする目算と読める。
△2二銀、ローズがその動きに反応して攻め手を変える。
開いた防御を埋めつつ、やはりローズは攻撃に向かう。
△6二銀、△6四歩、と右辺を上げ、銀と飛車を自由にしていく。
リールの囲いが整う前に、攻勢を仕掛ける腹だ。
▲2六歩、▲1六歩、リールはその展開を想定して動いている。
ローズはこの動きに警戒するのが遅れた。
リールは囲いを考えていない、防戦のリールが攻めの先手を取っているのだ。
△3三銀とローズが受けの対応を取り始めたところで、殴り合いの将棋は決定的となった。
攻勢を止めず、リールの右辺は上がる。
2五まで歩は上がり、3七桂と続ける。
後手に回りきらないよう、ローズの右辺も同じように上がり、王を右へ逃がす。
▲6八玉、リールの左辺も上がり始めた。
これを受け、ローズは攻勢を考え8五歩まで進む。
▲8九飛、リールが守勢に回った事でローズは勢いづく。
玉の正面で歩の取り合いを重ね、▲8七銀が飛車の頭を押さえる。
桂馬に銀も上がり合い、次第に王と玉の周辺が空く。
ばらけた盤上から、自陣へ帰った飛車の攻勢が無いと判断したリールは、2九飛と戻す。
じわじわと上げ続けていたリールの右辺。
ローズは突然そちらの対応を迫られた。
▲2六飛まで右辺が上がり、歩の連隊が前を守る。
遅れてローズが銀桂歩で対応を取り始めるのを見て、リールの銀は中央を上がっていった。
▲6五銀が王の目前を切り払い、ローズの守りは一層薄くなる。
リールの桂打ちと銀打ちが王と飛車の対応を迫り、ローズの息苦しさを見守る者達も感じていた。
ローズの息苦しさを象徴したような△5五角打。
▲4四角打、▲4四歩により角は再度交換され、リールの歩兵は順調に進む。
△4四飛、水中からでた最初の呼吸のような飛車。
決して攻勢と言えるものではなかった。
▲8一角打、銀と桂が生き、△6一王と逃げる。
▲7三銀成で、ローズの手が止まり、今日一番の時間を使った。
角打、歩打、ローズの対応は後手後手となり、有効打も打開策も無いまま詰められていく。
ローズが角をただ失った次の手番。
「リール、わたくしの負けよ」
ローズの投了により、勝敗が決定した。
「やった、やったーーー」
リールが大きく両手を上げ、耳も尻尾も大忙しになる。
「ローズ様に勝ちましたっ」
「悔しいけど完敗だわ、リールがこんなに攻撃を優先するなんて」
「本当意表を突いた良い作戦だったわ」
激戦を供にした二人は、爽やかな握手をし、リールはローズに絡みつく。
「第一回アリスタ酒場杯、優勝はなんと」
大牛獣人のアリスタが、体と同じ大きな声で観客に紹介する。
「若干九歳、バーンシュタイン伯爵家子息、リーリール・バーンシュタイン様だ」
ローズに勝利したことが大きな弾みとなった、リールはその後も危なげなく勝利し、堂々の優勝を手にする。
「おめでとう、リール」
頭と同じくらいの大きさの優勝カップを抱えるリール、ヒデヨシは優しく声をかけた。
「ありがとうございます、ヒデヨシ様」
ヒデヨシは、謎の覆面が娘にバレる前にそそくさと立ち去っていくのを端にとらえる。
リリーアンヌ様に報告されるかもしれないからな・・・。
ラボの夜。勝利の余韻に浸るリール。
ヒデヨシ邸では、仲良し家族がいつものように語らっていた。
「んふふ、ヒデヨシ様~」
ヒデヨシの膝の上で、リールはもふもふしていた。
暇なときに行われるリールのブラッシング。
毛の流れに従い、ブラシを入れていく。
犬か狐か狸か、ともかく毛が多い獣人種の血が色濃いリールの毛は柔らかい。
丁寧なブラッシングは、リールを更にふわふわにする。
くすぐったいところにブラシをやると、リールの反応が忙しくなる。
「ヒデヨシ様、くすぐったいです」
ローズは、その様子を見ながらニコニコしていた。
「なんだか、お二人も親子みたいですね」
「はい、でも僕はお兄様って呼びたいです」
「それはダメ」
ローズがリールの蛮行をいさめる。
「そういえば将棋についてなのですが、お父様がもっと指南書を作って良いと言っておりました」
「ああ、それは私の方にも来ていたな、指南できるほどの人材はなかなかに難しいが」
「ヒデヨシ様でも、指南は難しいのですか」
「ああ、残念だけど将棋は熱心に勉強していなくてね」
「決勝に残る事も出来なかったから、私よりも君たちの方が向いているくらいさ」
「わたくしも、まだ人に教えられるほどに理解が出来ておりません」
「戦術は数百通りはあったように思う、とりあえず今の有効戦術をまとめた本で良いんじゃないかな」
「ふふっ」
「どうしたんだい、ローズ」
「いえ、申し訳ございません、ヒデヨシ様は知らない事など無いと思っておりました」
「むしろ知らない事の方が多いさ、私もただの人間だからな」
「人間・・・、その通りですわ、わたくしは大きな勘違いをしておりました」
「わたくしは、ヒデヨシ様の事を神の使いのように思っていたのかもしれません」
「だから、なんとなくわたくしと同じなんだなと思い、安心いたしました」
ヒデヨシ、三井藤吉郎は自分が凡人だという事を完全に理解している。
革新的な発想や、先進的な思考が出来るような天才ではない。
膨大な時間を使い既存の学問を修め、人の才能を利用する事に特化した凡人。
この世界より遥かに進んだ時代の知識を持っている、ただそれだけの凡人なのだ。
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