第二十三話 ~貴族の社交界~
ジェロニア貴族街。
ダーデン・ワイマーク公爵家。
貴族街の中心で、最も広大な土地と豪華さを誇る邸宅。
ダーデン・ワイマーク家では月一度、国で一番大きなパーティーが開かれていた。
貴族街全体では、週に三回~五回のパーティーが開かれる。
エリザベート様のパーティーは特別なものである為、同日に開かれる他のパーティーは無い。
招待客はエリオノール、オルカーとカールは付き添う形をとる。
オルカーの呼びかけにより、門下のジャスティンが一緒に参加する事になった。
四人は正装をし、馬車から降りた先で豪華な絨毯を踏む。
玄関までの土や石畳の上に敷かれた絨毯、毎月このためだけに作らせている為、汚れ一つ無い。
庭は綺麗に整えられ、彫刻や絵画などが魔光石の灯りに照らされる。
「すごいですね・・・」
カールの感想は率直なものだった。
「毎月これを維持していると聞いている」
オルカーが呟く。
「このために税が納められていると考えると、重税は納得されないでしょうね・・・」
ジャスティンは、オルカーの呟きを補足した。
そう、ジェロニア領内のジェロニア王都以外では、重税による貧困が加速していた。
貴族の生活を維持するためだけに行われた重税。
さらに、属国家と呼ばれる支配国家からも徴収。
全ての徴収工程を支配国家に押し付け、入国税まで取ると言う徹底ぶり。
年に二度の税を納めた後は、軽くなった荷馬車に高額なジェロニア製品を積む。
唯一良いところを上げるとすれば、税額は自己申告制。
ジェロニア貴族に管理する気は無く、金額が多ければ王都への貢献者として恩恵が得られる場合もある。
ジャスティンの出身国でも、税への不満から離反の声が高まっている。
早くも重税の理由を垣間見たジャスティンは、絨毯を踏みしめる。
誰の目にも明らかな事実。
このパーティーは、エリザベート様の威光を示す為だけの催しなのだ。
エリザベート様の開催宣言を満場の拍手で迎え、今宵も世界一のパーティーが始まった。
出される食事も、酒も、余興も、全てが一級品であり、出席者の着飾りようも異様だった。
みな、この会で自身の存在をアピールする事に必死なのだ。
会場の中心には、エリザベート様への贈呈品が次々と飾られていく。
エリザベートが美男を四人従え、品を受け取っては彼らに飾らせる。
これもエリザベートの欲を満たす為のオブジェだが、同時に貴族達の欲も満たしてる。
相互に利のある関係と言えなくもない。
豪華絢爛とはこれの他へ使う言葉ではない、そんな気さえするパーティー。
漏れ聞こえる会話は、この国を良く表していた。
誰と誰が繋がったのか、ここは対立している、関係悪化に成功した策略の報告。
娘の嫁ぎ先、息子の嫁探し、資産や領地の繁栄状況への探り合い。
贈呈品の自慢をするもの、衣装の自慢をするもの、権力の自慢をするもの。
「あの、あちらの方々は何をやっているのでしょうか」
カールが、素朴な疑問をオルカーの心に投げ入れる。
「見ない方が良い」
あまり体調が良くは見えない貴族の男女が数名。
酒に酔っているような足取りで、言葉とも言えないものを口から発していた。
「東の大陸で、祈祷師と呼ばれる集団が使っていた薬草だ」
「なんでも、とんでもなく幸せになるとかで、一部の貴族が好んで使用している」
「なんだか、僕には楽しそうに見えないですね・・・」
「村の爺さんが、間違って毒草を口にして死んだ時と似ていて嫌です」
「実際には毒草なのだろうな、使い過ぎで死んだ奴が何人もいる」
オルカーはそう告げた後、幾人かの貴族へ挨拶して回った。
ジャスティンの目には、オルカーとは社交辞令だけして去る貴族が映る。
新参者で、唐突にエドガー様のお気に入りとなったオルカーは倦厭されているのだ。
エリオノールには気が付いた事がある。
この場所では、戦地の話しをしているものがいない。
最前線の話しも、戦況の話しも、何一つ漏れ聞こえてこない。
前線から遠いグリムウェルでさえ、戦争の話しは絶えない。
父もローレンタール様も、部下を戦地に送り出す度に心を痛めている様子だった。
戦死報告に涙を流してる父を見るのは、いつもこれきりにしたいと思ったものだ。
この戦争が始まりはジェロニアとカザルにあるはず。
戦線は後退し続けていて、父も危機感を持って立ち回っていた。
このパーティーに現実感が無いのは、私が知る現実との違いが有り過ぎるからなのかも知れない。
エリオノールは、酒に酔い従者を殴りつける美女を見て、目を閉じた。
「よくぞお越しくださいました、エリオノール様」
極上の美男子が、一礼してエリオノールに謝辞を述べる。
避けられない出会い、エリザベート様からの招待状が送られたものには義務が発生する。
エリオノールは、カールに預けていた贈呈品をエリザベートに差し出し、跪く。
「本日は私のような新参者を招いて頂き、ありがとうございます」
エリオノールは、感謝の意を示し、エリザベートの手に口づけをした。
エリザベートの従者が贈呈品を受け取り、適切に飾る。
「オルカー、これが貴様の選んだ物か」
エリザベートは、不機嫌そうにオルカーを呼びつけた。
「さようでございます、優秀な騎士となりえる人材をと、エドガー様より拝命致しました」
「ふん、所詮は外貴族、まるで節穴じゃな」
「私では力不足である事については、申し訳ございません」
エドガーに選ばれているオルカーをこき下ろす。
外貴族と呼ばれる、ジェロニア国外貴族がエドガーに選ばれる度に見られる光景。
オルカー自身が招待された時も、同じようなやり取りが行われた。
エリザベート様は、エドガー様のやり方に露骨に不快感を示している。
「そうじゃオルカー、余興も知らぬ貧相な貴様に、このわらわが余興に付き合ってやろう」
エリザベートは笑う。
「ありがとうございます」
オルカーは深く礼をした。
「わらわとジャンケンで勝負をし、勝てば望みのものを与えようぞ」
辺りからは、声と笑いが細かく漏れ出す。
エリザベートは、そのまま手を差し出し、パーの手のまま従者の合図を待つ。
「それではオルカー様、ご準備が出来ましたらお出しください」
合図など無い、これは勝負などでは無いのだから。
オルカーは何も言わず、グーの手で意思を示した。
「エリザベート様の勝ちでございます」
美男子がエリザベートへ一礼し、二人の手は戻る。
この場の誰もがわかりきっていた光景。
勝敗の分かりきっている勝負ほど、つまらないものはない。
どのような些細な事であれ、この国ではエリザベート様に勝つ事は許されていない。
この勝負を楽しんでいるのは、エリザベートただ一人。
「弱いのう」
エリザベートは憐れむように笑う。
「わらわより弱い貴様でも、エドガーの側近が務まるのだな」
「さて、勝者は望むものを手に入れられると申したが」
「貴様は何をわらわに差し出すのじゃ」
「望まれるのであれば、どのようなものでも」
本来、このような行程は必要ない。
エリザベートが欲して、手に入らないものなど存在しない。
だからこそ、これはただの余興。
オルカーは考えていた。
エドガー様は、エリザベート様が最大の障害になると言い、私も同じ認識だ。
ここで私の命を望まれ、噂が広まるように派手に死ぬ。
そうすれば、エドガー様がエリザベート様を殺す理由が出来るだろう。
エドガー様の盾となり死ぬ事が出来ないのは心残りだが・・・。
「そうじゃな、貴様の連れていた従者を一人、わらわが貰ってやろう」
「と、申しますと・・・」
「黒髪でまつ毛の長いものがいたであろう」
「ジャスティンでしょうか」
「ジャスティンというのか、奴の素質はわらわが見出した、わらわに仕える事を許す」
「仰せのままに、エリザベート様」
エリザベートは、好みの男性を更に美しく磨き上げ、はべらせる事を趣味としていた。
出席する度に何かしらを奪われていたオルカーは、苦肉の策としてジャスティンを使ったのだ。
オルカーは、ジャスティンに申し訳ないと思いつつも安堵した。
エドガー様に献上するべきは、エリオノールとカールなのだから。
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