第二十話 ~幸せ家族~
ラボの朝、アリスタの酒場は仕事前の客でにぎわってた。
それが良く見えるヒデヨシ邸の玄関前。
「ダリス伯爵様、良い会談となりました」
ヒデヨシとダリス伯爵は、固い握手をする。
「ヒデヨシ殿、交易路は一ヵ月以内に完了させるつもりだ」
「カーサス伯へも打診しておく」
「ありがとうございます。ダリス伯爵様、これで国の主要領地の交易路が繋がります」
「アルベルト様には授与式でお会いしましたが、ロベルト様は体調の問題で出席されておりませんでしたので・・・」
「ロベルト様はもう高齢だ、お会いするには直接領地へ出向くのが良いだろう」
「もし、機会があればそうさせて頂きます」
「ヒデヨシ殿、リールが迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」
「リールには執筆で本当に助けてもらっています、手放す事にならずに嬉しく思っています」
「そう言ってもらえると、息子の才能を大いに役立てて欲しい」
「お父様、リールは良くて、なぜわたくしは残れないのですっ」
アクアは、懇願して二人の間を引き裂いた。
「アクア、私は絶対に許すつもりは無いぞ」
ダリス伯爵は、厳しい口調でアクアを見る。
「お前がラボに住んでどうなる、領内の仕事を引継ぎもせず、ラボで遊び惚けるつもりか」
「いえ、そのようなつもりでは・・・、わたくしもヒデヨシ様のお役に立ちたい一心で」
「だったら、領内の仕事を済ませてからが道理だろう」
「リールは、リールはよろしくて、わたくしはダメなのですか」
「リールはまだ仕事を始める歳ではない、割当てを考える前に職が決まっただけだ」
「それは・・・」
アクアは肩を落とし、反論を続ける事が出来ずに口を結ぶ。
「姉さまもラボに住んでくださると思ったのに・・・」
リールは残念そうに耳を下げた。
ダリス伯爵一家は、リールをラボに残し帰路につく。
帰路でダリス伯爵は考えていた。
「あなた、今後はどうされるのですか、わたしは問題無いと思っておりますわ」
「ああ・・・」
アリア、と言うよりバーンシュタイン家の女は直感に優れる。
カレンも夫を溺愛し、パトリックは我が領地随一の人物にまで成長した。
アクアは、わたしでも恐れるほどに賢く、直感も恐らく一族で一番良い。
ローレンタール様はヒデヨシ・ハシバを召喚した。
才も立ち振る舞いも、平民が学ぶようなレベルではない。
公表を避けるのは、戦争を回避するためのものだろう。
エドガー様は必ず敵として殲滅する。
交易路の計画は、隠れ蓑として機能するだろう。
早めにカザルと接触を図り、エドガー様への手札を用意する必要がある。
どちらにせよエドガー様が最大のリスクであるならば、娘の直感を信じよう。
リールもあれだけ懐いた。
・・・全てが彼と私を引き合わせている。
ヒデヨシ殿は今、この国を変え始めている。
私は、彼が作る世界を見てみたい。
ただ・・・、そう思う。
父の気持ちなどつゆ知らず。
アクアはただ、どうしようもない状況で次の立ち回りを考えていた。
最速でラボに戻る方法を・・・。
たったの一週間で広まったラボ名物、幸せ家族。
夫のヒデヨシ、妻のローズマリー、息子のリーリール。
三人に血のつながりは一切ない、ラボの住民は誰もがそれをわかっている。
それでも、満場一致となり、それを知らないのは本人達のみだった。
毎日のように目撃される三人の散歩。
今日はアリスタの酒場で目撃されていた。
「ヒデヨシお兄様」
リールは、満面の笑みで大きな耳を揺らしている。
「リール、そんなこと言ってるとローズが怒るよ」
そこはお父様だろ・・・。酒場で休憩していた誰もが心の中を共有している。
「そのヒデヨシ様、先日は申し訳ございませんでした」
「ローズ、ミスは誰にでもある、何があったか理解しているなら多くは言わない」
「ただ、危険なミスだからしっかりと心に刻んでおいてほしい」
「はい・・・、寛大なお言葉に感謝します」
リールは、ヒデヨシから手を離し、ローズに絡み付いた。
「ヒデヨシ様、ローズ様をいじめないでくださいっ」
「リール、ありがとう、でもいじめられているわけではないわ」
ローズが、優しくリールの耳を触る。
「ヒデヨシ様、罪には罰が必要だと思います」
「わたくしをお裁きください」
ローズはリールを抱え、決意のまなざしでヒデヨシを見ている。
ヒデヨシは、大きく息を吐き、続いて自身の結論を吐き出す。
「ローズ、君の誠実さは私が好きなところではある」
「君は罪と言ったが、国の法律は君を裁かない」
「法を犯したわけではないからだ」
「その罪はローズの心の中にある、私は過ちではあると思っているが罪とは思っていない」
「過ちは、その後の成果で挽回すれば良いと私は思っている」
「ローズ、その罪をローズが許せるような成果を期待する」
「かしこまりました、ヒデヨシ様」
平民のヒデヨシが、伯爵令嬢より立場が上というあり得ない光景。
酒場の大牛獣人、店主アリスタは、ヒデヨシ様は妻にも厳しい人だな、と一人考えていた。
ラボが出来てから、二人が一緒に歩く姿は日常の光景。
厳格ながらも優しい夫と誠実で美しい妻。
この二人が夫婦である事は、ラボの住人には共通の認識。
それを知らないのは本人達のみ。
最近、血のつながらない息子が押しかけて来た事も、周知の事実。
「ローズ様をいじめないでくださいっ」
厳しい口調のヒデヨシ、リールはやはりローズの味方をした。
酒場の心は一つになる。きっとこれが世界平和。
そこはお母様を・・・だろ・・・。
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