第十七話 ~日常への回帰~
ヴィンクスの村。
死者達は埋葬され、壊れた監視塔の隣に慰霊碑が建てられた。
慰霊碑の前で、ローレンタールは目を閉じ祈りをささげる。
「それでは皆さん、祈りをささげましょう」
ローレンタールの言葉を受け、周囲の人々が同じように祈る。
中には涙を流し、崩れ落ちていく様子も見て取れる。
犠牲者三十一名。
大半はヴィンクスに住む、勤勉な兵士達。
誰一人、このように終わるなどとは思っていなかった。
涙を流している今日この日も、きっと全員で酒場の揚げ物を美味しそうに食べていると信じていた。
「死者の魂に、安らかな眠りをお与えください」
慰霊は死者のために行うように装うが、本当は残された者達への行いだ。
生者の魂を安らかなものへ導くため、自分たちのために祈る。
レオナは涙を流し、失った仲間のために祈りをささげた。
葉は枯れ、豊穣国家グリムウェルは赤が主流となっていた。
グリムウェルから一時間の村、ラボも秋が舞い降りる。
いつものように、ヒデヨシ邸ではヒデヨシとロイの密談が行われていた。
「それでロイ、ガラデアの使者はなんと言っていた」
「ヴィンクスの件は把握していない、召喚についても同様だと」
「まあ、当然の返答だな」
「そうですね、確定的な証拠もありませんし、逃げようと思えばいくらでも言い訳は立ちます」
「所詮、カズヤの言葉とヴィンクスが襲撃された、が証拠だからな」
「これ以上追及しても意味はありませんので、盗賊と言う事で話をまとめました」
「それで良い、これでガラデアとの外交はかなり有利に進められるだろう」
「この状況、ガラデアに負い目があるでしょうか」
「負い目は必要ない、ガラデアの視点を考えてみろ」
「奴らは切り札の勇者を失った、殺したのはグリムウェル」
「グリムウェルには勇者より強い者が居る」
「召喚を告発される可能性もあるうえに、相手は強者だ」
「グリムウェルとは外交上仲良くしたいと思わないか」
ヒデヨシは、悪魔のような笑いを見せた。
「なるほど、そうするとガラデアとは外交を強化した方が良さそうですね」
「ああ、ついでにヴィンクスの警備体制と入国審査の強化も行う」
「凶悪な盗賊が、ガラデア方面から流れて来たのは明らかだからな」
「名目はヴィンクスの襲撃により、警戒を厳重にするという事でよろしいですか」
「飴と鞭をうまく使い、こちらの商会を侵食させていく」
「ガラデアには、経済的支配の恐ろしさを体験させてやろう」
アリスタが経営する酒場は朝から大繁盛、ラボには出稼ぎに来た単身者が多い。
夜の営業だけでなく、朝食や昼食を始めたところ、あっという間に満席となった。
現在では隣の空き地に屋根を付け、土の上にテーブルを置いてもまだ溢れている。
空き地に仮設した新しい厨房や、従業員も増やしたが、忙しさは昼夜問わず続いていた。
「ヒデヨシ様、おはようございます」
元気な声と、笑顔が光る小さなリール。
大きな耳を風になびかせ、ヒデヨシ邸リビングの大きな扉を開け放って飛び込んできた。
「リールはいつも元気だね」
「はい、ラボは新しいものがいっぱいあって、すごく楽しいです」
「リール、朝食が出来たわ、二人とも席について」
ローズが、にこやかに二人へ声をかける。
「あ、ローズ様おはようございます」
「ええ、おはようリール」
「リール寝癖が付いているわ、食べた後で直してあげる」
「はいローズ様、いただきます」
席に着くなり、リールは急いで朝食をかきこんだ。
「あ、ヒデヨシ様の本についての原稿が書きあがりました」
「こらリール、食べながら話さないの」
「ふふっ、まだ三日だというのに、ローズはすっかりリールのお母さんだな」
「もう、からかわないでくださいよヒデヨシ様」
「あ、リール、よく噛んでお食べなさい」
プリプリしているローズに、にこやかなヒデヨシ、リールはパンから染み出たソースと格闘していた。
アリスタの酒場では、遅めの昼食を取る者達がまばらに座る。
ヒデヨシは、書斎でリールの原稿を眺めていた。
リールは、来客用のソファで焼きあがったばかりのお菓子を頬張る。
「リール、内容はこれで良い、引き続けて書き上げて欲しい」
「ただ、ローズの研究書を優先するんだぞ・・・」
大きな耳が、ピクリと跳ねる。
「もちろんです、お父様にもお渡ししなければいけませんので」
「ああ、あれは国の農業発展に重要な本だ、冬になってしまう前に各領地に販売したい」
「ローズ様から資料を見せて頂いて、全体をまとめております」
「ああ、ありがとう、リールの文才は信頼しているよ」
「本の事なら任せてください、ヒデヨシ様」
リールは胸をドンッと叩き、お菓子を持ってふんぞり返った。
「そうだリール、私が書いた交易路の計画書も読んでおいてくれないか」
「来週、ダリス様がいらっしゃる時に詳しくお話ししたい」
「お父様がいらっしゃるのですか」
「ああ、アリア様も一緒に向かうと連絡があったよ」
「お母様もですか」
「リール、半ば強引に家を飛び出したようなものなのだから」
「アリア様も、リールの事が心配でしょうがないんだよ」
リールの耳は、重力に負けるように徐々に下がっていく。
「お母様には、申し訳ないと思っています」
「ですが、僕の使命はヒデヨシ様の全てを記録に残す事だと確信しました」
リールの耳は重力に逆らい、小さな拳を胸に掲げてヒデヨシを見る。
「僕が必ず、素晴らしい伝記を書き上げてみせます」
「ありがとう、リール」
「でも、当分は学術書の作成をお願いするよ」
リールの耳は、また重力に負けそうになっていた。
「そんなあ、ヒデヨシ様~」
テーブルの上、重力に負けそうなリールは溶けて、テーブルから少しこぼれ落ちた。
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