第十六話 ~勇者と凶悪な侵略者~
大狼達が、重たい鉄の塊を二台、森へと引いて来た。
圧縮空気砲、空気の圧力で発射する高威力の大砲。
風の魔法を使い空気を送り込み圧縮、命中精度は高いが発射に時間がかかりすぎるのが難点だった。
「ダリス伯爵様、念のため確認したいことがあります」
「ヴィンクスがガラデア領だった事はありますか」
「ヴィンクスは、ジェロイ様により国境を定められた時に作られた村だ」
「成り立ちからして、ガラデアからの入国審査を行うために作られている」
「やはり私や、レオナ達の認識と同じですね・・・」
ダリス伯爵は、怪訝な顔をして聞き返した。
「一体何があったというのだ」
「敵はガラデアが召喚した自称勇者です」
「なっ、召喚者だと」
「私の印象は、ガラデアに丸め込まれ虐殺を実行した頭の悪いガキでしたよ」
ヒデヨシの表情からは、冷たい氷が発する冷気すら感じる。
「頭の悪いガキ、ですか・・・」
「力に自身がある子供であれば、誘い込むのは簡単でしょうな」
ダリス伯爵が、綺麗な姿勢で答え思案する。
「私も同感です、圧縮砲を発射体制で待機させます」
「誘い込みは私が指揮しよう、ヒデヨシ殿は砲撃指揮を頼む」
「それでは作戦開始だ、各員死に急ぐなよ」
ダリス伯爵の号令で、兵士達は手早く準備を始めた。
ヴィンクスの酒場では、腹を満たした勇者カズヤが睡魔と戦っている。
「カズヤ様、グリムウェル軍が街の外に」
酒場に駆け込んできたビルが、椅子でうたた寝をしていた勇者カズヤをおこす。
「んあっ・・・、性懲りもなく現れやがったな」
「俺が全部ぶっ倒してやるぜ」
「その、カズヤ様、僕が案内しますのでついて来てください」
ビルは、カズヤを先導して酒場を後にした。
自信に満ちた表情で歩くカズヤ、きっと彼には作戦など無いのだろう。
彼の圧倒的な力に敵うものなどいないのだから。
ヴィンクスの村、街道からは十数名の兵が一人の男に向けて矢を射かけていた。
「勇者にそんなものが効くかー」
カズヤは、刺さった矢を気にせず空を薙ぎ払った。
「矢をものともしないなんて、引けー」
一人の兵士が後退を指示する。
十数名の小隊は、森へ向かって後退を始めた。
「自分から仕掛けて来たくせに、情けない奴らめ」
腕に刺さった矢を抜き、カズヤは森へ走る。
カズヤは常人ではない、土を蹴った瞬間に地面が軽く砕ける。
ダリス伯爵の指示により、矢の射程ギリギリから射かけていた小隊。
普通に考えれば、圧縮砲へ誘い込むまでに追いつく事などありえない。
だが、そんな目算は常人に対してのものだ。カズヤに対してのものではない。
悲鳴が上がる。首が飛ぶ。
あっという間に小隊は恐慌に陥り、散り散りに逃げまどう。
カズヤは予定のコースを外れ、逃げた兵士を追い始めた。
「勇者カズヤ、あたしと勝負しろ」
茶色の尻尾をくゆらせ、レオナは大声で猛る。
声に気がついたカズヤは、レオナに向けて一直線に駆けた。
どうする・・・、どうしたら良い・・・。
レオナは、永遠に思える一瞬を巡り漂っていた。
レオナの時間だけが、緩やかに進む。
あたしは、多分死ぬ・・・
前に立っていたライカの体は弾けて居なくなった。
別方向に逃げたシェザンは二つになってまだ動いている。
もう、それをした勇者はあたしの目の前にいる。
「レオナ、右へ全力で飛びのけ」
ヒデヨシ様の声、それだけがこの世界で唯一聞こえた音。
わけもわからないまま、あたしは右側へ転がるように飛びのいた。
何かが空を切り、風があたしをさらに右へと進ませる。
あたしは転がって木にぶつかり、天地は逆さまになっていた。
「撃てー」
ヒデヨシの合図と共に、二台の圧縮砲から弾丸が飛び出す。
剣を振りぬいていたカズヤ、だが矢程度ならば問題にもならない、矢程度ならば。
槍のようなその弾丸は、エドガーの剣速より早く、真っ直ぐに飛ぶ。
一発は右腕をかすめ、一発が右足を粉砕して吹き飛ばした。
カズヤは、失った右足で地面を蹴ろうとしてそのまま地面へ転がる。
倒れた拍子に右手で受け身を取ろうとし、その右手が動かせない事を認識した。
「う、ぐぞうっ足が、足が」
痛みを訴えるカズヤに、冷酷なヒデヨシはゆっくりと近づいていく。
「さて、勇者カズヤよ、愚かな貴様にとってこれが最後のチャンスだ」
「慎重に言葉を選びたまえよ」
カズヤは声の主を睨む、声の主の形相に少しの恐怖を覚え、目を背けた。
「よくも、よくもこの悪魔め、お前が悪の王だという事はわかっているぞ」
カズヤはそれでも勇者だった、背けた目を戻し、強い意志は言葉になる。
「まず一つ、貴様が殺した者達にとって、貴様こそが悪魔だと思うがそれについての意見はあるか」
「ただ普通に暮らしていた兵士も、村人も、突然命を奪われた」
「そんなの、まず先にお前達が奪ったんだろうが」
ヒデヨシの表情は変わらない。
「では二つ、村人は奴隷だと言っていたが、お前の目で確かめた真実はなんだ」
「村人を守って死んだ兵士、村人を避難誘導して逃げ遅れた兵士、兵士の遺体にすがりつく村人」
「お前の目には映らなかったのか」
「・・・正義のためだ」
カズヤは、真っ直ぐな視線を返すことができず、目をそらした。
「最後に、貴様が殺した者達へ言う事はあるか」
「俺は正しい事をしたんだ、俺は勇者なんだぞ」
「そうだ、俺の力を見ただろう、俺を勇者として迎えれば・・・」
ヒデヨシの表情が変わった事で、カズヤの言葉が先へ続かなくなる。
「救いがたい」
ヒデヨシの心を代行し、ダリス伯爵が声を上げた。
ダリス伯爵が、剣を抜きながら話を続ける。
「私が首を撥ねてよろしいですか、ヒデヨシ殿」
「首っ、いや待て、待ってくれ」
「ダリス伯爵様お願いします、私では切り刻んでしまいそうです」
「ちょっ、死にたくないっ、俺は勇者なんだぞ」
その言葉が承諾を得る事は無かった。
他人がカズヤだと認識するためのそれは、地面に落ちて転がる。
残ったものは、ビクビク痙攣してから動かなくなった。
ダリス伯爵は、剣に付いたものを拭い、綺麗な所作でそれを鞘に納める。
森には葉擦れの音に交じり、微かなうめき声が辺りから聞こえている。
既にこと切れた者達に、死を否定したい者達と、運よくそうならなかった者達。
ともかく、凶悪な侵略者の蛮行はこれで終わったのだ。
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