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ルシードがマーガレットのために用意したドレスは濃紺で、ウエストの切り替えしでスカートがふんわり広がるフレアタイプだった。
裾には贅沢にマーガレットの花の刺繍がぐるりと施されている。
ルシードの趣味なのかグリマン夫人の趣味なのかはわからないが、正直少々子供っぽいデザインではある。
でも、ルシードが16歳であることを考えると、相手にもこういうドレスを求めるのは当然かもしれない。
そしてこのドレスは、小柄なマーガレットの可愛らしさを最大限に引き出していた。
鳶色の髪をハーフアップにし、そこに結び付けているリボンは先日ルシードからプレゼントされた生地をマーガレット本人がさっそくリボンに仕立てたものだった。
「マーガレット、素敵よ!」
「ルシードったら、やるわねえ。マーガレットに似合うものがよくわかってるじゃないの!」
どうしよう…とモジモジするマーガレットを挟んで三人並んで外へ出ると、各々のパートナーが正装で待ち構えていた。
ルシードはマーガレットのドレスと同じ濃紺のスーツを着て、その襟には銀糸で花の刺繍があしらわれている。
グリマン夫人がどれほど気合を入れて発注したのかが窺える、お揃いの装いだった。
マーガレットはルシードの姿を認めると、パッと顔を輝かせて小走りに近づいていき、手に持っていたポケットチーフをルシードの胸ポケットに入れた。
これもリボンと同じ生地でマーガレットが作ったお揃いだ。
「ありがとう」
ルシードが照れたように笑い、マーガレットも真っ赤な顔をほころばせている。
その初々しさを目の当たりにして、パートナーとはすっかり熟年夫婦のような落ち着いた雰囲気になっているわたしとリリーは、初心を思い出して心が洗われるような清々しい気持ちになったのだった。
広間でダンスが始まると、わたしはレイナード様のエスコートで意気揚々と中央に陣取った。
「レイ、今日は飛ばすわよ」
「望むところだ、シア」
不敵な笑みを交わし合ったわたしたちは、曲が始まると同時に大きく回転し、フロア中を縦横無尽に動きながらクルクルと回り続けたのだった。
どんなに回転しても笑顔を絶やさず、体もブレないレイナード様はさすがだ。
楽しくて、このままずっと一緒に踊り続けたいと思ったところで曲が終わってしまった。
最後の思い出にレイナード様にダンスを申し込もうと、すでに待ち構えている女子たちがいるため、すぐに離れようとしたのに、逆に腰をグイっと引き寄せられた。
「シア、もう一曲踊ろう。今日もきみが一番綺麗だよ」
耳元で甘く囁かれて、ドキッとしながら頷いた。
同じ相手と何曲も踊るのは、二人の親密さを周囲にアピールする行為だ。
わたしはレイナード様の婚約者なのだから当然ではあるのだけど、嬉しさと気恥ずかしさが込み上げてきて、もしかするとドレス以上に真っ赤になっていたかもしれない。
二曲目は少しゆったりと踊り(それでも後でリリーに「あんたたち、二曲もグルグル回り続けてどうなってんの!?」と呆れられたけれど)順番待ちしている女子たちにレイナード様を譲ったのだった。
飲み物を取りに行った先でコンドルが友人たちと談笑しているのが見えた。
「コンドル!ねえ、最後にわたしと踊らない?」
「冗談じゃねえ、あんなにグルグル回ったら絶対に死ぬ。あの王子様はどうなってんだよ、俺ちょっと見直したかも」
どうしてみんな、そんなことを言うのかしら。
ここへ来るまでに、カインとリリーには呆れられ、ルシードには怯えられ、マーガレットには驚かれた。
皆一様に、レイナード様のことは「すごい!」「さすが!」と称賛するくせに、一体どういうことなんだろうか。
わたしからすれば、昨日グリフォンに乗って空から降りてきたコンドルのほうが「どうなってんの!?」だ。
その様子を見ていた生徒たちに「あいつ、ついに人間やめたんだな」って言われていたことをバラしてやろうかしら。
「残念だわ、もう最後なのに」
「最後じゃねーし。また遊ぼうぜ、赤毛」
コンドルがくしゃりと笑った。
もちろん!約束よ!と言おうとして前のめりになったわたしの肩に大きな手が置かれて、驚いて振り返るとそこにレイナード様が立っていた。
「コンドルくん、歓談中にごめんね。シアを返してもらうよ」
レイナード様は、にこやかに笑っているようでいて目がちっとも笑っていない。
「どうぞお幸せに」
苦笑するコンドルに「またね!」と手を振っていると、「まったく、ちょっと目を放すとこれだから」というレイナード様のつぶやきが聞こえた。
「レイ?順番待ちのお嬢様がたは?」
「シア、次がラストダンスだよ」
あちこちでおしゃべりしているうちに、いつの間にか随分と時間が経っていたらしい。
広間にゆったりとしたテンポのムーディーな音楽が流れ始めた。
カインとリリー、そしてルシードとマーガレットもぴったりくっついて、音楽に合わせて体を揺らしている。
「一緒に踊っていただけますか?」
レイナード様がおどけた仕草で大仰に差し出した手に、それならばこちらもと、お高く留まった悪役令嬢っぽく顎をツンと上げながら己の手を重ねる。
「よくってよ」
顔を見合わせてクスクス笑い、わたしたちは再び意気揚々と広間の中央へと向かったのだった。




