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ルシードがマーガレットのために魔法を付与した、目の疲れや肩こりを解消する生地が完成したのは、その三日後のことだった。
素材に血行促進のレッドリザードの尻尾だけでなく、視力の良さに着目してグリフォンの羽も加え、それをさらに目に良いとされるビルベリーの溶液の中に入れた状態で薄い生地に付与したらしい。
詳しいことはわからないけれど、三種類の素材を使って全ての効果を最大限に、そして布全体に均一に魔法付与するという作業はかなり難しいらしい。
鑑定では星3の魔導具師、学院でも天才ともてはやされ、すでに魔導具師として仕事もしているルシードが何度も試行錯誤を繰り返してようやく完成にこぎ着けたというぐらいだから、相当なのだろう。
そして、学院の中庭のベンチでリリーとマーガレットの三人でおしゃべりに花を咲かせている時だった。
ちなみにこの場所は、わたしとレイナード様の「定位置」であるため、ほかの生徒がたむろすることもなく人影がまばらで、ここにマーガレットを連れてくるからと事前にルシードとは申し合わせをしておいたのだ。
近寄ってくるルシードに気づいたマーガレットは、当然わたしに用があるのだろうと思い込んでベンチから立ち上がりルシードに譲る素振りを見せた。
ルシードがそんなマーガレットの手をそっと握る。
「マーガレットさん、僕は魔導具科のルシード・グリマンです」
きょとんとして「はい、知ってます」と答える、何もわかっていなさそうなマーガレットの様子に、リリーと顔を見合わせて、大丈夫かしら?と目配せしあった。
「今日はあなたにお話ししたいことがあるんです。一緒に来ていただけますか」
「はい…何でしょうか?」
ルシードに手を引かれながら戸惑った表情でこちらを振り返るマーガレットに、笑顔で手を振った。
時間がかかりすぎている…と不安になって、様子を見に行こうかとリリーと話していたところで、熟れたリンゴのように顔を真っ赤に染めた二人が、ぎこちなく手をつないで戻って来た。
「ステーシアさん、いろいろありがとう。卒業パーティーは僕がマーガレットさんをエスコートすることになったよ」
はにかむ笑顔を見せるルシードが何ともまぶしい。
「おめでとう!」
目頭が熱くなって、そう言うのが精いっぱいだった。
寄宿舎に戻ると、ルシードに何て言われたのか、それにどう答えたのかと問い詰めるわたしたちに、戸惑いと嬉しさが入り混じった顔を赤く染めたままのマーガレットが、ポツポツと話してくれた。
マーガレットは、ルシードからプレゼントされた布を胸に抱えたままだ。
「最後の思い出に卒業パーティーでエスコートさせてくださいって言われてね、もちろん最初は断ったのよ?わたしドレスも用意してないし、皆さんのドレスアップが終わったら実家に帰る手配もしているからって。そしたらね、もうドレスは用意してあるからって言われて…」
ここまで聞いて、わたしとリリーは「どっひゃ~っ!」と言って倒れた。
断られたらどうしようとかモジモジしてたわりに、ドレスをしっかり用意しているだなんて、エスコートする気満々じゃないの!
なんだか胸がキュンキュンして死にそうだわ。
リリーは
「それで?それから?マーガレットもルシードのこと、前からいいと思っていたの?」
と尚もマーガレットに食いついている。
きっとまた、小説のネタにする気なのね。
そんなリリーのことも、照れながら肯定するマーガレットも、大好きだ。
卒業パーティー当日、マーガレットは自分のことなどそっちのけでドレスを注文したご令嬢たちの支度に奔走していた。
そんな彼女の仕事が少しでも減ればと思い、わたしとリリーは互いを手伝いながら自分たちでできる限りの支度をした。
「ねえ、これ派手すぎない?」
マーガレットがわたしのために仕立ててくれたドレスは、バラの花弁を思わせる深い赤色だ。
またもやデコルテが大きく開いていて、胸を強調するようなデザインになっている。
かたやリリーのドレスは薄紫色のしっとりふんわりとしたシフォンドレスで、襟ぐりの露出は控えめな大人っぽいデザインだ。
「マーガレットって、わたしにはどうしてこんなに大胆なドレスばかり着せたがるのかしらね」
「何言ってるのよ、ステーシアは顔立ちが派手だし胸も大きくて、ちっともドレスに負けないからよ。さすがはレイナード王太子殿下の婚約者!ってところを見せつけてやりなさいよ」
「わかってるわ!今日のダンスはいつもよりさらに多く回るつもりよっ」
拳をグッと握ると、「あのね、そういうんじゃないから」となぜかリリーに呆れられてしまった。




