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「道中は、わたしのことを『赤毛』と呼んでちょうだい」
「赤毛にはやっぱり赤毛が似合うな!」
赤毛になったわたしを見て、コンドルはなぜか喜んでいる。
ルシードは、一体何をそんなに詰め込んできたのかというほどの大荷物で、よくよく話を聞いてみれば、なんと「旅行」が初めてなのだという。
これを「旅行」と言ってしまっていいものか判断に迷うけれど、ルシードが楽しそうに「お菓子食べる?」と大きなリュックサックからあれこれ取り出すのを微笑ましく思いながら、クッキーを受け取った。
ルシードは18歳の我々よりも実年齢が2つ下の16歳だ。
魔導具師としての才能が溢れているために、魔導具科での授業や実習では年齢差を全く感じさせずに他の生徒を圧倒しているようだけれど、日常生活では、幼少期の不幸な出来事のために普通の子供が成長の過程で当たり前に経験している事柄がすっぽり抜け落ちていて、実年齢以上に幼い。
そんなルシードを弟のように可愛がっているため、初恋が実るようにと願わずにはいられない。
ハウザー家の馬車は大きくて揺れも少なく、座席で眠るのもたいした苦痛は感じなかった。
途中で何度か休憩を挟みながら、レッドリザード牧場に到着したのは翌日の早朝のことだった。
牧場の経営者家族はまだ寝ている時間だろうから、とりあえず飼育小屋の方を見に行ってみた。
外から中を覗いてみたけれど、確かにレッドリザードが1匹もいない、もぬけの殻だった。
壁の一部に新しい板が貼ってあることから、おそらくその箇所が腐ったか何かで穴が開いて逃げ出してしまったのだろう。
レッドリザードはおとなしい魔物で積極的に人間を襲うことはないけれど、人に懐くわけでもないため、穴が開いていれば当たり前のようにそこから出て、散り散りに逃げて行ったに違いない。
「逃げるとしたら、どっちかしら?」
「あっちの山だろうな。あいつらは土よりも石がゴロゴロしている場所が好きだから」
コンドルが牧場の裏手にあるゴツゴツとした岩肌を晒す岩山を指さす。
岩山で地道にレッドリザードを探すしかないってこと!?
「ごめん、ちょっと離れててくれるかな」
飼育小屋の壁の前にしゃがんでいたルシードが、荷物の中から白い羽を取り出した。
「ルシ?それは何?」
「これね、サンダーバードの羽なんだ。ちょっと魔法を使うから、離れていてね」
後ろに下がって見ていると、ルシードは手袋とゴーグルを着けてサンダーバードの羽を壁に押し当て、魔法を詠唱した。
バチッ!という青い稲妻が光り、ルシードが手を放すと壁に羽の模様が刻印されたように残っている。
「膝から下の壁に触れると弱い稲妻が発生してビリビリ痺れるようにしたから、もう逃げ出さないと思う。あと三面も同じように魔法付与するね。サンダーバードの羽をくれたキースお兄ちゃんに感謝しないといけないな」
ルシードの実兄であり、今は山賊を装った国家の諜報員であるキースは、とにかく弟に甘い。
山をパトロールしていて偶然拾ったと言いながら魔導具の材料として使えそうな物を定期的にルシードの元へ届けているのだけれど、どう考えても「偶然」じゃないだろうというレア素材も多数あるらしい。
さすがルシだわ。
こうなったら、逃げ出したレッドリザードを一匹でも多く捕獲して小屋に戻さないといけないわねっ!
もちろん今日もわたしは風のブーツ「カモちゃん」を履いている。
岩山めがけて疾走していると、途中の大きな岩陰で赤い物が動いたように見えて、そこからは足音を立てないようにそろそろと近づいていった。
岩から赤い尻尾が見えている。
間違いない、レッドリザードだ。
一気に跳躍してその尻尾を地面に押さえつけるようにして掴んだ。
「やった!捕まえた!」
と喜んだのも束の間、レッドリザードは尻尾をプツンと切り離して一目散に藪の中へと逃げて行ってしまった。
手の中にはウネウネと動き続ける赤い鱗の尻尾だけが残された。
もともとこれが欲しかったわけだけれど、欲しいものは手に入れたのでこれでさようならというわけにもいかない。
レッドリザードの尻尾は医療現場で重宝されている素材だからこそ、安定的な供給ができるようにこうした牧場があるのだ。
せっかくルシードが壁を強化してくれたのだし、このまま放ってはおけない。
でも、あのすばしっこさだと今日一日かけたって数匹しか捕まえられないんじゃないかしら。
困ったわ。
どうしよう!?と声を掛けようと、コンドルが立っているであろう方向を振り返ったわたしは、目に飛び込んできたその光景に唖然とした。
なんとコンドルが、グリフォンに肩を掴まれて、また連れ去られそうになっていたのだった。
何やってるのよおぉぉぉっ!!




