兄弟7
ルシードがキースをどう言い含めてくれたのかは知らないけれど、ありがたいことにルシードとの再会以降、キースはとてもおとなしく治療に専念してくれた。
今回、キースたちを襲うことを指示したと思われるフック伯爵に私的な報復をしないことも約束してくれた。
レイナード様によると、救済制度を悪用して国庫に納めるべき穀物を着服し、私腹を肥やす貴族が少なからずいるため、この制度の見直しと、過去に救済制度が適用された案件に関する再調査を進めようとしていたらしい。
「それを聞きつけたフック伯爵が、先回りして証人を殺そうとしたっていうことなんだと思う。仕返ししたい気持ちはよくわかるけど、この件に関してはこちらで預からせていただきたい」
レイナード様のその申し出も快諾したキースだったけれど、フェイン侯爵領の暴動事件の証人になってほしいという件に関しては、時間が欲しいと言った。
「俺はまだ子供だったから詳しいことはわからないが、教会の司祭様は間違いなく領民の味方だった。あの夜、赤ん坊のルシードがむずがるもんだから、立てこもっていた教会の裏口から抜け出して外にいた。そこで見たんだ、あいつらが教会に火を放つところを…」
あの事件のことを思い出しながら苦し気に語るキースは、自分からこのことをルシードに説明したいと言った。
「ほかにもあいつに謝らないといけないことがたくさんあるんだ。俺たちの気持ちの整理がつくまで待ってもらいたい」
レイナード様は大きく頷いて、それを了承したのだった。
キースの毒に侵された左腕が元通りになった頃、ジェイも家族との再会を果たした。
妻のメアリーには再婚の話もあったようだけれど、夫が迎えに来てくれると信じて待ち続けていたらしい。
消息の確認を頼まれた人たちのその後を調べた報告書も渡した。
そして、わたしを助けてくれたお礼がしたいという両親に対し、キースは、アジトの仲間たちがカタギに戻る手助けをしてほしいと頼んだのだった。
キースとジェイがビルハイム邸を離れることになった日、ルシードも朝からやって来てずっとキースのそばにくっついていた。
「ルシったら、もう泣きそうな顔をしてる」
「お頭も案外涙もろいところがあって、普通の若い兄ちゃんなんだと思った。俺がこんなこと言ってたってのは、お頭には内緒だぜ、嬢ちゃん」
ジェイと顔を見合わせて、ニシシと笑った。
ジェイは一旦キースと共にアジトに戻り、仲間の今後の身の振り方を一緒に考えて手助けをした後に家族の元に戻るらしい。
案の定、いよいよお別れとなったときに、ルシードはキースにしがみついて離れず号泣していた。
キースは苦笑しながら指笛で鷹を呼び寄せ、それをルシードの肩に乗せた。
「こいつの足に手紙を括りつけて飛ばせば俺の元に届くように躾けてある。またいつでも会えるから安心しろ。立派な魔導具師になれるようにしっかり勉強しろよ」
「わかった。毎日手紙を書くよ」
「そうだな、こいつが疲れない程度にしてやってくれ」
そう言ってルシードの頭をポンポンと撫でたキースは、こちらを振り返ると軽い身のこなしであっというまにわたしの目の前までやって来た。
「山猿、そこの色男にフラれたらいつでも俺のところに来い」
あら、フラれなくったってまたアジトに遊びに行きたいわ。
そう言おうと思ったのに、後ろからレイナード様の腕が伸びてきて羽交い絞めにされてしまった。
お頭がわたしのことを「山猿」と呼ぶたびにレイナード様のヘンなスイッチが入ってしまうのよね。
困ったものだわ。
馬に乗るキースの姿が見えなくなるまでずっとルシードは手を振り続けていた。
その様子を見ていたレイナード様が、兄弟っていいな…と、つぶやく。
レイナード様は、一人っ子だ。
王妃様はレイナード様を産んだ後の肥立ちが悪く、それ以上子供が産めなかったと聞いている。
「レイ、わたしたちは子だくさんになれるといいわね」
「そうだね」
「毎日頑張りましょうね!」
そう言うと、レイナード様は驚いた様子で「毎日!?」と裏返り気味の声で聞き返してきた。
母からは、子作りは夫に任せればいいとしか教わっていない。
お妃教育の先生には、結婚の日取りが正式に決まった時に追い追いとだけ予告されている。
確か子供の頃に読んだ本には、愛し合う二人が天使様に赤ちゃんが欲しいと祈りを捧げればお腹に宿るのだと書いてあったのを覚えている。
だから、毎日頑張ってお祈りしましょうと言ったのだけれど、そんなに驚くことだったかしら。
「そうね、公務で忙しいと毎日は無理かしら。じゃあそのかわり、お互いにお休みの日は、一日中すればいいわね」
するとまたレイナード様は、今度は声を潜めて「一日中!?」と聞き返してきたのだ。
「わかった、シアがそうしたいって言うんなら、今からしっかり体力づくりをして頑張るよ」
あら、天使様へのお祈りってそんなに体力を使うハードなものなの?
大丈夫よ、わたし、体力には自信があるもの。
「望むところよっ!」
こぶしを握りながら笑うと、レイナード様はどういうわけかその綺麗なお顔を真っ赤に染めて、わたしのことをぎゅうっと抱きしめたのだった。
寄宿舎で同室のリリーとマーガレットから、子作りの真実を聞かされたのはその数日後のことだった。
ええぇぇぇぇっ!
知らなかった…いや、男女のそういう行為自体に関する多少の知識は持っているのだけれど、それは「いかがわしい行為」であって、わたしにとっては「子作り」に直結していなかったのだ。
ちなみに、もちろん経験はない。
驚きすぎて目を回しそうになっているわたしを見て、二人が笑っている。
「ステーシアさん、本当に知らなかったの?」
「天然にもほどがあるわ」
「だって…だって…天使様は?」
「そんなの子供だましに決まってるでしょう。幼い子に聞かれたときに、親がごまかすための常套句よ」
そんなあぁぁっ。
「わたし、そうとは知らず、レイナード様に毎日しようとか、一日中でも望むところだとか言ってしまったわ!」
頬が熱い。
たぶん、わたしは今、これ以上ないぐらいに真っ赤になっているに違いない。
だからあの時、レイナード様も真っ赤になっていたのね!
「すればいいじゃない」
「すぐに赤ちゃんを授かるかもしれないわね」
もうっ、なんて事を言うのよ!勝手なこと言わないでちょうだい。
「どうしよう、どうしようっ、どうしたらいいのぉぉぉっ!」
その夜、わたしの悲痛な叫びが女子寄宿舎に響き渡ったのだった。




