兄弟5
キースが再び目を覚ました時、そのベッドサイドにはわたしとレイナード様とルシードがいた。
キースの容体が落ち着いていることもあり、医師たちは一旦本邸のほうで休憩してもらっていて、ジェイも隣の部屋で休んでもらっている。
ゆっくり目を開けた後、勢いよく起き上がろうとするキースを、わたしとレイナード様とで押さえつけた。
「だめよ、キース!左腕を切り落すことになりたくなければ、おとなしくして!」
こうなるんじゃないかと思って、構えておいてよかったわ。
包帯を巻かれている自分の左腕を見たキースはギョッとしている。
無理もない、包帯から出ている指先や肩が紫色をしているからだ。きっと感覚もなくてジンジンしていることだろう。
「解毒剤と回復魔法でどうにか切断を食い止めているところです。安心してください、我が家の医師は優秀だから、しっかり治療すれば元に戻ります。だから、まだ残っている毒が全身に回らないようにおとなしくすること!いいですね、お頭?」
「山猿…相変わらず元気だな」
キースがゆらりと上げた右手を握った。
「はい、おかげさまで。再会できて嬉しいです」
微笑み合った後、キースの視線がルシードで止まる。
どう切り出そうかと思ったところで、グイっと肩を抱き寄せられて、わたしはレイナード様の胸におさまってしまった。
え?何事!?
「ここは兄弟水入らずってことで、俺たちはあっちの部屋で待っていようか、シア」
いつもより低いレイナード様の声が頭上から聞こえる。
「ええっと、そういうことだから、ごゆっくり!」
レイナード様に腕を引っ張られながら、どうにか振り返ってそれだけ言った。
そして、部屋を出て扉が閉まると同時にレイナード様にぎゅうぎゅう抱きしめられてしまった。
「レイ?どうしたの?」
「シア…何としてでもリリーの小説を売りまくって、早く二作目を書いてもらわないといけないな」
いきなり何の話ですか!?
レイナード様ったら、また小説の内容と混同しているのかしら?と思いながら苦笑したのだった。
「あの色男が山猿の婚約者か」
キースが閉められた扉を見つめながらつぶやいた。
「ああ、ええっと、彼はレイナード様といって、ステーシアさんの婚約者で、この国の王太子殿下です」
ルシードが戸惑いながら答える。
「婚約破棄寸前って聞いていたけど、そうは見えなかったな。どっちかって言うと、溺愛されてるじゃねーか」
くつくつと笑うキースの様子をじっと見つめながら、確かにあの二人は婚約破棄する見込みだという噂があったのだが、長期休暇が終わってみたら仲直りしていて、今では周りが引くほどラブラブだとルシードは説明した。
「大きくなったな、ルシード」
唐突にそう言われて、ルシードはさらに戸惑ってしまった。
今朝、登校した途端に待ち構えていたレイナード殿下に連れ去られるように馬車に乗せられ、その中で「君のお兄さんが見つかった」「大怪我をして意識不明の状態でビルハイム邸に担ぎ込まれたらしい」と矢継ぎ早に説明されたものの、気持ちの整理がつかないままここに来たのだ。
死んだわけではないとわかってホッとした一方で、冷静になると本当にこの人が兄なのか、別れた時の記憶が全くない自分には判断がつかない。
たしかに、外見は酷似していると思うけれど…。
「ごめんなさい。正直に言うと、僕、何も覚えていなくて…いつも僕のことを守ってくれた優しくて強い兄さんがいたっていう記憶がうっすらあるだけなんです。僕は、あなたの弟のルシードで間違いないですか?」
「俺の弟なんだとしたら、左肩にほかより大きいホクロがあって、つむじは2つあるはずだ」
当たってる。
じゃあ、やっぱり――。
「僕は、あなたのことを当時どういう風に呼んでいたんですか?」
キースは、フッと笑いながら教えてくれた。
「キースお兄ちゃんって言ってたな」
「キースお兄ちゃん、久しぶり」
視界が涙で滲んでいく。
キースの目も赤くなり、涙を溜めているようにも見えたけれど、自分のあふれる涙を拭うためにメガネを外してしまったから、よくわからなかった。




