兄弟3
朝の支度をしているときに寄宿舎の寮母さんがバタバタとやって来て、実家の執事が来ていると知らされた。
家族に何かあったのかしら?
慌てるほどに何も手につかなくて、梳かしている途中だった寝ぐせのついた髪を、マーガレットが手早く結んでくれた。
そして執事の待つ控室に急行すると、思わぬことを告げられたのだ。
「昨晩、ジェイと名乗る山賊風の男が、怪我を負って意識のない若い男を担いでお屋敷を訪ねてきました。ステーシアお嬢様に、困ったことがあれば頼ってほしいと言われたからと言うので、敷地内の離れの方に滞在してもらっております。若い男の方は朝になっても意識が戻らず、今も医師の治療を受けているところです。どうなさいますか」
「若い男って…」
心臓が早鐘を打っている。
「ジェイ様は彼のことを『オカシラ』と呼んでおります」
―――!やっぱり!
思わず息を呑んだ。
キースが怪我で意識不明?どうしよう……。
どうなさいますか、と再度執事に問われて我に返る。
ここでオロオロしている場合ではない。
「その人たちは確かにわたしの命の恩人です。言いつけを守ってくれてありがとう。家に戻ります」
一旦部屋に戻ってリリーとマーガレットに事情を説明し、レイナード様への言付けを頼んで急いで馬車に乗った。
馬車の中で聞いた執事からの説明によると、昨晩、ジェイとお頭が仕事の話をするために依頼主との約束の場所に赴いたところ、いきなり切り付けられたのだという。
それでも相手を撃退したキースは、当初「たいした傷じゃない」と言っていたが、アジトに着く頃には熱が出始めて、数刻後には意識を失ったらしい。
治療にあたっている医師からは「ナイフに毒が塗られていたのではないか」という説明を受けているとのことだ。
大丈夫。大丈夫よね?
自分に言い聞かせるように祈る。
ルシードに、実の兄を見つけたことをどう伝えるべきか、ずっと迷っていた。
ルシードがまだ赤ん坊で全く記憶のない、あの痛ましいフェイン侯爵領の暴動事件の話もしなくてはならないだろう。
調査をしてくれたリリーとカインや、レイナード様から、ルシード本人が将来、兄を探したいと行動を起こしたときに情報を提供すればいいんじゃないかと言われて、わたしも「それもそうね」と思っていたのに、こんなことになってしまうだなんて…。
ビルハイム伯爵邸に到着したところで、わたしは馬車から飛び降りて、カモちゃん最大出力の猛ダッシュで離れに向かい、勢いよくその扉を開けた。
「キース!キー…もがっ」
分厚い大きな手でわたしの口を塞いだのはジェイで、奥の部屋から顔を覗かせた白衣の医師には「お静かに」と言われてしまった。
騒がしくしすぎたらしい。
ごめんなさい…。
わかりました、と目くばせすると、音を立てないようにそっと奥の部屋のベッドに寝ているキースの様子を窺った。
顔色が悪く、左腕には包帯が巻かれている。
眠っているのだろうか…?
「ついさっき目を覚ましたお頭が、ここはどこだ、帰る!って起き上がろうとしたもんだから、みんなで止めて先生に鎮静作用の魔法をかけてもらったところなんだ」
ジェイの小声の説明にホッとした。
暴れる元気があるならひとまず大丈夫そうね、よかったわ。
「ジェイ、あなたもずっと寝ていないんでしょう?朝食を用意させますね。食べたら少し休んでちょうだい」
外で待機しているであろう執事に食事を頼もうと出ようとしたところ、ジェイに引き留められた。
「待ってくれ、嬢ちゃん」
振り返ると、驚いたことにジェイが巨体を丸めて床に額をこすりつけているではないか!
「ええっ!ジェイ!?」
「俺たちじゃどうしようもなくて、きっとあのままだとお頭は夜の間に死んでいたと思う。こんなみすぼらしい山賊の俺たちを引き受けてくれて、すぐに医者を呼んでくれて、もうどう言ったらいいかわからなぐらい感謝してる。ありがとう!」
「まあ、ジェイ。顔を上げてちょうだい」
わたしも両膝を床に突いて、ジェイに手を重ねる。
「先に命を救ってもらったのはわたしのほうです。お頭が元気になったら両親と一緒に改めてお礼をさせてください。あなたたちは、ステーシア・ビルハイムの命の恩人です。ジェイは知っているのでしょう?レイナード王太子殿下の婚約者の命を救ったのよ?だからどうか、お頭が元気になるまで遠慮などせずに大きな顔でここに滞在してください」
ジェイが顔を上げた。
泣きそうな、でも笑いを堪えてもいるような、情けない顔をしている。
「嬢ちゃん、あんた本当にお嬢様だったんだなあ」
「そうなのよ、困ったことに正真正銘、伯爵令嬢なの!」
わたしたちは手を握り合い、声を立てて笑った。
そしてまた、奥から顔を覗かせた医師に「お静かに」と窘められてしまったのだった。




