兄弟2
「空を飛ぶのって実はすごく難しくて、魔導具科にとって飛行機の製作は悲願なんです」
長年それを完成させたくて歴代の卒業生たちもあれこれ知恵を絞りながら試みているものの、いまだに成功していないという話をルシードが聞かせてくれた。
「去年、あと少しのところまでいったんだけどなー」
悔しそうにディーノが言う。
テスト飛行までこぎつけたのだが、風魔法の能力の高い生徒を乗り手にして学院の屋上から飛んでみたところ、ただの垂直落下になってしまい、あわや大事故になるところだったんだとか。
どうにかギリギリで風を起こして地面に叩きつけられるのを防いだその乗り手の生徒は、もう二度と御免だと言って魔術科のほうに転科してしまったらしい。
思うんだけど、魔導具科って実は相当な脳筋じゃないとやっていけないんじゃないかしら。
「このコンドルの風切り羽はとても綺麗だから、人間を飛ばすのは無理でも軽い物を乗せて運ぶぐらいのものは作れるかもしれません」
「待って!」
わたしはドヤ顔でグリフォンの羽を差し出した。
「さらにグリフォンの羽があればどう?人間でも飛べるんじゃないかしら」
グリフォン!?と驚いて、ルシードとディーノが飛びついてきたけれど、あまりいい状態ではないことにすぐに気づいて顔を曇らせた。
これだと、わたしとカモちゃんのように、よほどコンドルかグリフォンとの親和性が高い乗り手でないと無理だと思う…と説明するルシードにいいことを教えてあげた。
「大丈夫よ!だって、コンドルはコンドルって鑑定された男よ?それにグリフォンと一緒に飛んだのよ。だから飛べるに決まってるわ!」
「いやいやいや、あれ『飛んだ』って言わねーだろ!こえーよ!」
ちょっと!コンドルのくせに飛ぶのが怖いだなんて意気地なしねえ。
「わかったわ!じゃあ、このわたくしが…」
乗り手になって飛んでみせる!と言いたかったのに、途中でディーノに遮られた。
「だめだ。ステーシア・ビルハイムには金輪際、魔導具を渡すなって学院長に言われたんだ。言いつけを破ったら俺らが退学処分になる」
えぇぇっ!?どこからの圧力よ!
いやあぁぁぁぁっ!
*********
「とまあそんなわけでね、わたし騎士団からも魔導具科からも出禁を食らってしまったのよ」
その夜、寄宿舎で同室のリリーとマーガレットに愚痴を聞いてもらった。
「それでね、わたしどうしたらいいの!って言ったら、レイナード様が『どうもしなくていいよ、シアはそのまんまで嫁いできてくれたらいいんだからね』って言うのよ?」
そう言って頬を膨らませたら、二人同時に「それ、惚気?」と言われてしまった。
わたしは大真面目に、レイナード様をお守りするために結婚前にもっと強くなっておきたいっていう話をしているのに、どこがどう惚気ているっていうのかしら。
キョトンとしているわたしを見てリリーが笑う。
「ステーシアは相変わらず天然で脳筋で可愛いわね。だからこそ、小説のモデルとして最適なのよね」
実家にお見舞いに来てくれた時に、わたしはリリーにあるお願いをしていた。
それは、リリーが執筆したという小説のヒロインが婚約破棄された後に出会う男性を、黒髪の山賊に変更してもらえないかという無茶なリクエストだったのだけれど、リリーは「どうってことないわ。確かにそのほうがおもしろそうね!」と快諾してくれたのだ。
リリーの家門のダリル家は文筆を生業にしている親戚も多くいて、そのツテで原稿を見せたところあれよあれよという間に、この小説が出版されることになった。
留学生にのめり込んで婚約破棄した王子は「ざまあ」で終わり、ヒロインの伯爵令嬢は山賊と幸せになるというストーリー展開に、レイナード様は不満を漏らし続けていた。
そのクレームを封じ込めたのはリリーだった。
「これが売れたら、次の小説は王子が心を改めてヒロインを振り向かせるっていうストーリーにするつもりだから、人気が出るようにレイナードも王妃様のサロンの奥様方に頑張って売り込んでちょうだい」
この提案に乗ったレイナード様は、リリアン・Dというペンネームの新人作家の処女作である『婚約破棄された悪役令嬢は山賊に恋をする』を、知り合いに手当たり次第に売り込む気まんまんだ。
リリー、あなたってすごいわね。
愚痴を聞いていもらっていたはずが、いつの間にかリリーの小説の話になり、「出版されたら三人でお祝いしましょうね」と締めくくったところで消灯時間となった。
ビルハイム家の執事が火急の用件でわたしを迎えに来たのは、その翌朝のことだった――。




