激甘注意報3
長期休暇が明けて、わたしたちは学年がひとつ上がった。
中庭のベンチは相変わらずレイナード様の指定席のようになっているけれど、横に座るのはナディアではなく、わたしだ。
誰が見ていようとお構いなしに、わたしの手を握ったり、肩を引き寄せたりと遠慮のない愛情表現を見せるレイナード様を、学院の生徒たちは戸惑いながら遠巻きにして見ている。
「ナディアとは火遊びで、元の鞘に収まったってことか」
「ナディアに捨てられて、仕方なく必死にステーシア嬢の機嫌を取っているんじゃないのか」
「議会で、ナディアのことをただの友人と言ったらしいよ」
「商談を成功させるために殿下がナディアをたぶらかしたっていう噂も…」
とまあ、レイナード様は散々な言われようで、男性としての評価は地に落ちたと言っても過言ではない。
それでも本人はそんな評価はどこ吹く風で、「いいんだ、俺の本心はシアだけが知っていてくれたらそれでいい」とまた甘ったるい微笑みを見せるのだった。
その一方で、わたしに対する周囲の評価は「すべてを許すステーシア嬢は太っ腹!」と急上昇してしまい、それはそれで何だか居心地が悪い。
わたしは悪役令嬢風のどぎついメイクや悪趣味な重たいドレスをやめて、今はナチュラルでシンプルにまとめている。
レイナード様からもらった一粒パールのネックレスが綺麗に見えるように首を覆うのもやめた。
そして足元は、いつでもレイナード様をお守りできるように、常にカモちゃんを履いている。
「相変わらず甘々のイチャコラだなー」
そう言ってわたしたちの座るベンチまでやって来たのはカインだった。
「依頼されていたやつ、調べがついたよ」
自宅謹慎中にカインとリリーが訪問してくれたときに、カインに調べて欲しいことがあるとお願いしていたのだ。
元フェイン侯爵領の領民の中に、キースとルシードという名前の兄弟がいなかったか。
8年前に詐欺にあって倒産した城下町の商会の家族の行方を知りたい。
ほかにも数名、アジトにいた山賊たちから行方を調べて欲しいと言われた人物の名前や略歴を言って、追えるだけ追って欲しいという依頼だった。
一度名前を聞いただけでそれを全て覚えられたのは、お妃教育の賜物だ。
カインはそれを「すごいね」と感心してくれたけど、たぶんレイナード様だってそういう教育を受けていると思う。
それに、あれから10日足らずで全て調べ上げたカインのほうがすごすぎる!
以前、勉強会に使っていた空き教室で、レイナード様と共にカインの報告を聞いた。
「フェイン侯爵領にたしかに13年前、その名前の兄弟がいたよ。キース・マルダが11歳、ルシード・マルダはまだ1歳の赤ん坊だった。ともに暴動事件のときに教会の中で焼死したことになっている」
13年前に1歳だったってことは、ルシードはやっぱり16歳ではなくて14歳なのね。
幼いと思ったわ。
「マルダ兄弟は髪も目も黒かったらしい。容姿も合致しているし、魔導具科にいるルシード・グリマンがこのルシード・マルダの可能性は極めて高いけど、彼には当時の記憶が一切ないから証人にはならない。山賊のリーダーをしているっていうお兄さんのキースから話を聞かないことには、この件はどうにもできないね」
カインの言う通りだ。
キースはすでに自分でフェイン元侯爵に制裁を加えている。
これ以上蒸し返したらその件でキースの立場が…ん?
「ねえ、山賊が証人として出廷したらどうなるの?」
レイナード様を見ると、困ったような顔で答えてくれた。
「出廷してきた時点で騎士団に取り押さえられるだろうね」
いやあぁぁぁっ!
「ジェイさんっていうのは、本名がジェイク・ホワイトでいいのかな?8年前に先行投資詐欺が流行ったことがあって、自営業者が倒産したり、貴族にも騙されて大損している家門がいくつかあるんだ。
当時、ひとり娘が8歳で城下町で商会を営んでいたっていう条件に当てはまるのがこのジェイク・ホワイトひとりだけで、彼の妻と娘はたしかに借金の形として連れて行かれている」
ごくりと唾を呑んだ。
「その奥様と娘さんは、いまどうしているかわかった?」
カインはにっこり笑う。
「人身売買は禁止されているんだけどね、まあそれに近い感じで伴侶に先立たれて身寄りのない金持ちの老人の元に売られたんだ。ただ、その老人が意外なことにとても紳士で、親子を気の毒がってくれて家族同然のいい暮らしをさせているものの、手籠めにはしていないらしい」
よかった!
ジェイに伝えたい。
そのほかの人物もみんな、悪い人生は送っていないことがわかった。
騎士団の山賊一掃作戦で捕えられた人たちは、更生施設で職業訓練を受け、今では普通に城下町で働いている人がほとんどで、子供の場合はルシードのように孤児院に預けられた後、養子縁組が決まったり、そのまま孤児院で大きくなって独り立ちしている子もいるらしい。
お父様が鬼畜ではないことも証明されたわ!
短期間でここまで調べてくれたカインに感謝を述べると、リリーも手伝ってくれたからと惚気られてしまった。
リリーには別のお願いもしているというのに、二人ともなんて仕事が早いのかしら。
あとはこれを、どう彼らに伝えたらいいんだろうか。
アジトの場所を知られたくないと言っている彼らの元にのこのこ赴くわけにもいかないし…。
この数週間後、どうにかして彼らに伝えたいというわたしの願いは、思いもよらない形で実現した。




