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【書籍化】円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語  作者: 時岡継美
本編

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激甘注意報2

 新学期の開始を2日後に控えたこの日、わたしは自宅のバラ園に身を潜めていた。


 バラ園の隅の、バラの茂みと家の外壁の角にあたる部分の間に空洞があって、しゃがんでいればバラ園の通路から見渡しただけではまず見つからない。

 子供の頃からわたしだけが知っている、とっておきの隠れ場所だった。


 さっき、不機嫌そうな声でわたしの名前を呼びながら通り過ぎるレオンの足元が見えた。


 バレていないようね。しめしめだわ。


 なぜレオンから逃げ回っているかというと、朝食の後、非番のレオンと庭の芝生で行った稽古が原因だった。


 容赦なく――といっても、レオンは「これでも半分も本気を出していない」と言っていたけれど――木刀をガツガツと打ち込まれて、さては先日馬車から蹴落としたことを根に持ってるのね!とキレたわたしは、木刀をレオンに向かって投げつけ、そこにわずかに生まれた隙を突いてカモちゃん最大出力の飛び膝蹴りを食らわせた。


 みぞおちを押さえながらよろめいたレオンは怒りだした。

「コラッ!剣の稽古だと言っているのに、投げ捨てるヤツがあるかっ!」


「知るかっ!こんな木の棒でゴリラに敵うわけないでしょう!わたしはより実戦的なのよっ!」


 そして再びカモちゃん最大出力のスピードでバラ園に向かって走って逃げて、今に至るというわけだ。



 レオンは最近いつも、マリアンヌのお店の定休日に合わせて非番のスケジュールを組んでいる。

 つまり、おそらく今日も、マリアンヌがうちに遊びに来るか、外でデートをする約束をしているはずだ。


 それまでの辛抱よ。


 壁にもたれながら、子供の頃によくここでレイナード様と一緒に厨房からくすねたお菓子を食べたことを思い出して、ひとりでニヤニヤしていたとき、またこちらに近づいて来る足音が聞こえた。


 レオンお兄様ったらしつこいわね!

 そう思いながら、息を殺して膝をしっかりと抱えて体を縮こめたのに、バラの茂みを挟んでわたしの目の前でピタリと足が止まった。


 やばい、見つかっちゃった!?


 しかし、聞こえて来た声はレオンのものではなかった。


「シア?」


 あら、もうレイナード様がいらっしゃる時間だったのね!


「シア、そこにいるんだろう?」

 もう一度、遠慮がちな小さな声が聞こえた。


「レイ!この場所を覚えていたの?」

「待ってて、今そっちに行くから」


 ここへ入るには、目の前のバラの茂みに突っ込んでいくわけではなく(その方法もあるかもしれないけれど、それではバラの棘でひっかき傷だらけになるだろう)、少し手前にあるバラの茂みの境目から裏に入って、外壁沿いに横歩きをしてこの空洞まで来なくてはならない。


 レイナード様はそれを忠実に再現してやって来た。


「シア、お兄さんが探していたけど?」

「だから隠れてるんでしょ!見つかったらゴリラに絞め殺されるわ」 


 隣にしゃがんだレイナード様は、興味深げな視線をわたしに向ける。

「ふうん、ビルハイム伯爵家がゴリラを飼育しているっていう噂は本当だったのか。どこに檻があるの?」


 いやいや、何ですか、その噂は!?




「なんだ、ゴリラってお兄さんのことだったのか」

 ゴリラは兄のレオンのことなのだと説明すると、レイナード様が肩を震わせて笑い始めた。


 剣術の稽古で、みぞおちに飛び膝蹴りをお見舞いしてレオンに怒られたという話をしたら、それはシアが悪いねと言いながらレイナード様はまた笑う。


「楽しそうね?」

「ここは俺とシアの秘密の場所だからね。懐かしいな」


 レイナード様の長い脚が窮屈そうだ。


「子供の頃はそこそこ広い空間だったはずなのに、今はこんなに狭いなんてね。ここでお菓子を食べたり、お昼寝をしたこともあったかしら」

 横を見ると、思った以上にレイナード様の顔が近くてドキリとした。


 レイナード様もこちらを見ていて、口を噤んでしばらく見つめ合った。


「シア」

 わたしの耳元で吐息交じりに囁かれた声には、たっぷりの熱が含まれている。

「この秘密の場所でもうひとつ、二人だけの思い出を作ろうか」


 わたしの頬に手が添えられて、レイナード様の綺麗なお顔がさらに近づいてきた。


 ああ、これはもしかして……瞼は閉じておいた方がいいのよね?

  

 意外と冷静にそんなことを考えながらぎゅっと目を瞑った直後に、唇にやわらかくて温かいものが触れて、ちゅっという小さな音とともに離れていった。


 目を開けると、顔だけでなく耳まで赤くしたレイナード様が「シア、大好きだよ」と嬉しそうに笑い、その長い腕でわたしを抱きしめた。

 こういうのを「甘やかされる」と言うんだろうか。


 もう…溶けてしまいそうだわ。


 バラの香りに包まれながらしばし抱き合って、初めての口づけの余韻に浸ったのだった。



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