激甘注意報1
案の定わたしは新学期が始まるまで父から自宅謹慎を言い渡され、その間、毎日レイナード様がバラの花束とマカロンと、マカロンよりも甘ったるい笑顔を携えて訪問してくれた。
ナディアの国で買って来たという一粒パールのネックレスをもらった翌日に、さっそくそれを着けて出迎えたときには、周りに侍女や執事がいるというのにいきなりわたしを抱きしめて
「あこれこれ迷ったけど、普段使いできるように控えめなデザインのものを選んで正解だった。よく似合ってるよ、シア」
と嬉しそうに言いながら放してくれないものだから、また執事が遠慮がちな咳ばらいをしなくてはならなかった。
ウブで生真面目な人ほど箍が外れるととんでもないことになると言うけど、レイナード様はまさにそれかもしれない。
カインとリリーが二人そろって訪問してくれたときも、わたしに触れずにはいられない様子のレイナード様の変わりようを見て、二人が唖然としている様子がおかしかった。
「なんかもう、甘すぎて俺、虫歯になりそう…ていうか、奥歯が痛む気がしてきた」
「それ、頭痛の間違いじゃない?」
カインとリリーの息の合った掛け合いを見て、この二人に直接的な接点があっただろうかと首をかしげていたら、なんと実は婚約者同士なのだと言われて仰天してしまった。
家柄的に婚約者がいても全くおかしくはないのだけれど、そんな素振りを全く見せていなかったというのに。
レイナード様は、カインに婚約者がいることは知っていたけど、それがわたしの親友のリリーだということは知らなかったらしい。
「ほらね、レイナードはステーシアちゃん以外の女の子のことなんて全く興味がないんだよ。そのへんに花がいっぱい咲いてるなーぐらいにしか思ってないから、浮気の心配なんかしなくていいよ」
「でもステーシアだって似たようなものよ。カインのこと躊躇なく踏み台にしたんですってね!」
え?踏み台とは??
よく意味が分からずに首をかしげるわたしの様子を見て、カインが「ああ、やっぱり気づいてなかったか」と苦笑する。
「コンドルを助けるために、ステーシアちゃんが木に登っただろう?あのとき踏み台になったのが俺」
ええぇぇぇぇっ!?
名前は変えていたけれど、変装はメガネをかけただけという雑なものだったため、わたしに「ちょっと、そこのあなた!」と声をかけられてしっかり目が合ったときに、バレた!と思ったらしい。
それなのに、四つん這いになれと強要され、踏み台にされて呆気にとられたという。
「ごめんなさい、わたしあの時、コンドルを助けようと必死で」
「いやあ、その前からステーシアちゃん、レイナードのことばっかり気にしてたよね。なんにせよ、無事でよかったよ。仲直りもできたみたいだし、俺たちもホッとした」
ね?と目くばせし合って微笑み合っているカインとリリーはとてもお似合いで、あなたたちだって十分甘いわよ!って言ってやりたくなる。
「わたし、ステーシアが国外追放されたらついて行こうと思って、この休暇中はロマンス小説を書いていたのよ。その収入で食べて行こうかと思ってね」
まあ、さすがリリーだわ!
「ちなみに、その物語はどんな内容なの?」
リリーがチラっとレイナード様を見て、にんまり笑う。
「留学生にうつつを抜かした馬鹿な王子に婚約破棄された伯爵令嬢がヒロインなの。彼女は悪役令嬢の濡れ衣を着せられて国外追放されてしまうんだけど、そこで王子よりももっとハイスペックな男性と出会って、うんと甘やかしてもらって幸せになるっていうお話よ」
わたしの肩を抱いてその話を聞いていたレイナード様の手に力がこもったのがわかった。
「待て、その王子はどうなるんだ?」
「王子?留学生に捨てられたあと、やっぱりヒロインが大切だって気づいて探し回るんだけど、時すでに遅しでヒロインと他の男が幸せそうに結婚式を挙げているのを見て泣くっていう『ざまあ展開』よ」
ドヤ顔のリリーからゆっくりとわたしのほうへ視線を移したレイナード様の顔は青ざめていた。
そして、親友たちが見ている前だというのに、お構いなしにぎゅうぎゅうと抱きしめてきたのだ。
「シア!そんなのダメだ!」
いや、だから今の話はただの小説ですからね。
落ち着いてくださいっ!
「これはステーシアちゃん、苦労しそうだなー」
というカインの呆れた声と、
「次の小説は、婚約破棄した馬鹿王子が心を入れ替えてもう一度ヒロインに振り向いてもらうために奮闘するっていうストーリーにしようかしら」
というリリーの弾んだ声を聞きながら、レイナード様をなだめ続けたのだった。




