レイナードの告白4
「だからステーシアは、これからも殿下のことをお守りしつつ、決して殿下より先に死んではならないぞ。わかったか」
「はい!」
大丈夫よ、わたしはタンクでアサシンでスパイだもの!
「もっと状況判断を磨いて危機回避スキルを上げるために、本来ならば騎士団の訓練生になってもらうのが一番なんだが、騎士団の上官たちは、もうおまえを預かるのは嫌だと言ってきた」
そ、そんなあぁぁぁっ!
トラブルメーカー認定されてしまったの!?
「だから、私とレオンで個人的に指南していこうと思う。それでどうだ」
「まあ素敵っ!よろしくお願いします!」
お説教をされるのだと思っていたら、こんなワクワクする提案をされるだなんて、レイナード様のお側を離れるわけにはいかないわね。
婚約者で居続けるかどうかは、ナディアと一体何があったのかをレイナード様に確認してからになるけれど。
そしてわたしは父に、行方不明だった間に山賊のアジトで過ごしていたことを話した。
彼らは、根はいい人たちばかりだということも。
わたしの命の恩人である彼らがもしも助けを求めてきたら、力になってほしいとお願いすると、父は「もちろんだ」と大きく頷いてくれた。
「ねえ、お父様、ひとつ確認なんだけど…人間の子供を大鍋で煮て食べたことなんて、ないわよね?」
「――っ!?あるわけないだろう!」
唐突な質問に心底驚いている様子の父を見て、鬼畜ではなかったことに安堵したわたしだった。
父の書斎を出ると、執事が待ち構えていた。
湯浴みを終えたレイナード様に軽食をとるようすすめたのだが「シアが戻るまで待っている」と言ってきかなかったらしい。
やれやれと思いながら応接室に入ると、レイナード様は嬉しそうに顔を綻ばせながら近寄って来てわたしをぎゅうぎゅう抱きしめた。
「シアが遅いからまた逃げられたのかと心配していたんだ。よかった」
「もう逃げないと約束したではありませんか。だから放してください、レイナード様」
「ちがうだろう?レイって呼んでほしいと言ったよね?」
ああ、もう、メンドクサイ!
「レイ、今日のあなたはずるいわ」
抗議を込めてふくれっ面をして見せると、レイナード様は「かわいい」と喜び始めてしまい、逆効果だった。
「シアは、そんなおねだりをどこで覚えたの?」
おねだりなんてしてませんから!
それに、そんなことを言いながら額同士をコツンとぶつけるあなたのほうこそ、こういうことをどこで覚えたのかしら?
……ナディアよね?
別の腹立たしさが込み上げて来たところで、執事の遠慮がちな咳払いが聞こえた。
「あの…お取込み中のところ申し訳ありませんが、そろそろお食事を…」
あら、ごめんなさい。
すっかり忘れていたわ!
レイナード様と一緒に食事をするのは久しぶりだった。
テーブルを挟んで正面に座る彼の洗練された所作を見ていると、今朝、山賊のアジトでお行儀悪くヤマモモの種を口からプッと吐き出したことが遠い過去の別の世界の出来事のように思えてくる。
「シア?食欲がないみたいだね」
いつの間にか食事の手を止めていたらしく、そんなわたしをレイナード様が心配そうな顔で見つめている。
「ちがうの」
笑って首を横に振る。
「今朝までわたし、山賊のおじさまたちとお行儀悪く食事をしていたものだから、今こうしているのが何だか不思議で…」
するとレイナード様は、持っていたナイフとフォークを置いて、丸パンをひとつ掴むと手で真ん中を割り、ハムとレタスを指でつまむとパンにはさんで、指先をペロリと舐めた。
そして、いたずらっぽく笑うと大きく口を開けて、そのパンにガブリと噛みついてムシャムシャ食べ始めたのだった。
わたしもそれに倣って、パンにハムとレタスを挟んでかぶりついた。
「本当はキャンプでこうやってシアと一緒に行儀悪く食事をしたかったんだけどね…台無しにしてしまって申し訳なかった」
待って!つまりそれって…?
「レイは、最初から赤毛のアーシャがわたしだって知っていたの?」
おずおずと尋ねると、レイナード様はにっこり笑った。
「もちろん」
もお~~~っ!
必死に声色を変えようとしていたわたしが馬鹿みたいじゃないの!
婚約者に命を狙われているとまで言ってしまったけど!?
「俺に命を狙われてるって何のこと?そんなわけないだろうって思って、つい笑ってしまったよ」
ここは一旦、話をそらすことにしよう!
「とにかく、コンドルが無事でよかったわ」
コンドルの名前を出すと、レイナード様は視線を落として笑顔をひっこめた。
「シアは…コンドルくんと仲がいいようだけど…ほら、あのときも彼に抱き着いていただろう?」
そんな恨めし気な目で見られてもね、あなたがナディアとしていたイチャコラのほうがもっとひどかったわよ?
それに、あだ名に「くん」をつけるのって、なんだか変よ?
「実はあれ、コンドルの背中にくっついていたグリフォンの羽を取っていただけなのよ。その羽でルシードに魔導具を作ってもらおうかと思って!」
するとレイナード様は目をすっと細めて、ますます不機嫌になってしまった。
「ルシードくんって確か、シアをエスコートしていたあの黒髪の坊やだよね。研究室で彼と手を握り合っていたり、彼の兄さんともダンスをしたり、男爵家に遊びに行ったりもしたそうだね」
ちょっと!
誰よ、レイナード様に妙な報告をしたのは!
「ルシードの手を握っていたのは、指がちぎれかけたことがあるって言われたからよ!ディーノは高速回転で放り投げてやったの。ところが後からディーノがルシードの義理のお兄さんだってわかって、グリマン男爵家まで謝りに行ったのよ?
そしたら、これ以上わたしのダンスの相手をしたら死ぬかもしれないとか言われてね、二人とももう二度とわたしと踊りたくないんですって!ああ、もうっ!今思い出したらまた腹立ってきたわ」
「つまり、シアのダンスパートナーは俺にしか務まらないってことだよね」
レイナード様は突然機嫌を直したようだ。
待って!
なんでわたしが浮気疑惑の弁明のようなことをさせられているわけ?
レイ、笑っていられるのも今のうちよ。
食事が終わったら、ナディアとのことを糾弾してやるんだから!
覚悟しなさいっ!
鼻息荒くパンにかじりつくわたしを見て、レイナード様はどういうわけか満足げに笑っていたのだった。
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