レイナードの告白3
怖い顔で「今すぐ二人っきりで話がある」という父と、「お説教の前にまず湯浴みをしたい」と懇願するわたしと、「シアから離れたくない!何ならシアと一緒に湯浴みしたっていい。うん、そうしよう、昔はそんなこともしたよね?」と何やら壊れ気味のレイナード様と、そんなレイナード様を苦虫を嚙みつぶしたような顔でにらみ続けるレオンがいて、スタンは相変わらず笑い転げている。
そんなカオスな状況を上手く仕切ってくれたのは、やはり母だった。
「レオンとスタンは仕事に戻りなさい。ステーシアが元気なことが確認できたのだから、もういいでしょう?」
「それと、アナタ!相変わらず女心のわからない方ねえ、湯浴みが先に決まってるでしょう!」
「レイナード殿下、7年前とちっとも変わらないんですのね。森で吸血コウモリに襲われたあの日も、ステーシアから離れたくないって大騒ぎでしたものね。巷ではあれやこれやと噂されておりますが、殿下のステーシアへの愛情があの頃のままだと確認できて安心いたしました。ステーシアの湯浴みの間、どうぞ殿下も汗を流してくださいませ」
そして、テキパキと使用人たちに指示を出し、普段使いの浴室をわたしが使い、お客様用の浴室をレイナード様に使っていただくということになって準備が整えられた。
服を脱ぐときに、ズボンの後ろのポケットにグリフォンの羽を入れていたことを思い出して手を突っ込んでみると、まだそこに2枚入っていた。ポケットからはみ出ていた大きい2枚は流されてしまったらしい。
水に流され自然に乾いた後はずっとわたしのお尻でぺったんこにしていたため、ずいぶんとくたびれていて、これでは魔導具の材料としては不適格かもしれない。
それでも、休暇が終わったらルシードのところへ持っていこうと決めた。
体はそうでもなかったけれど、厄介だったのはいろんな汚れや染色による傷みでゴワゴワになっていた髪で、それを侍女だけでなく母まで一緒になって何度も洗い、香油をつけてツヤを出し、しっかり乾かした後はふんわりしたハーフアップに結ってくれた。
レイナード様がいらしたことで、母はひそかに張り切っているのかもしれない。
「お母様、嘘をついて、心配までかけてごめんなさい」
鏡越しに今更ながら謝罪すると、母は困ったような顔でため息をつき、そのあとわたしのことを抱きしめてた。
「怪我がなくてよかった。お母さんのほうこそ、あなたがレイナード殿下のことで思い悩んでいることを知っていながら何もできなくて申し訳なかったわ。
大丈夫よ、殿下は心変わりなんてしていらっしゃらないわ。7年前に婚約を申し込んできたときと同じままよ」
「え?わたしとレイナード様の婚約って、こっちから申し込んだわけじゃないの?」
わたしの首の傷痕が一生残るから責任を取れと婚約を迫ったのだと思っていたんだけど?
「何を言ってるの、ステーシアみたいなおてんば娘に将来の王妃様なんてとても無理ですって何度もお断りしたのに、レイナード殿下が毎日直々に『シア以外の女の子を好きになることなんて、この先も絶対にない』って言ってくるものだから、こちらが根負けしたのよ」
知らなかった…なにそれ!?
「わたしの首に傷痕が残るから責任を取ってっていうことじゃなかったの?」
「そんなわけないでしょう。その前からすでに婚約の打診は何度もあったのよ」
それ、もっと早く教えてよ~~っ!
母に衝撃的な婚約秘話を暴露された後、父の待つ書斎へと赴いた。
父にも「迷惑と心配をかけて申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
「本来ならば、自らの命を顧みず王太子殿下をお守りしたおまえをビルハイム家の誇りだと褒めたいところなんだが…」
父はここで言葉を切る。
あら、褒めてくれていいのよ?
「レイナード殿下は、頑固で面倒くさいお方なんだ」
ええ、そうよね。
わたしにベタベタと絡みついて離れないレイナード様の今日の様子はまさにそれだ。
「ご本人が一度こうと決めたことは、絶対に曲げないお方だ。だから昨晩だって、どれほど面倒くさかったか…」
父によれば、丸二日捜索しても手掛かりすらないわたしに関して、もっと下流まで流されているにしても、魔物に連れ去れているにしても、すでに命はないだろう。生存の可能性は、本人が自力で水から上がり山の中で迷子になっている場合と、山賊に連れ去られた場合だ。ただし、山賊に連れ去られている場合は、ひどい目に遭っているかもしれない――そう言われていたらしい。
それに対してレイナード様は、生きているのなら、どんなひどい目に遭わされていても、どんな状態になっていたとしてもステーシアと結婚する、仮に命を落としていたら、もう自分はこの先誰とも結婚しないと言い放ったようだ。
あらあら、随分と悲壮感が漂っていたのね。
その間、わたしは噂の山賊さんたちと楽しく過ごしていたっていうのに!




