レイナードの告白1
「あの、レイナード様?わたし、ひとりで座れますから」
馬車の中はレイナード様とわたしの二人きりで、わたしはなぜかレイナード様の膝の上に乗せられている。
おまけに、そんなわたしをレイナード様はずっと抱きしめ続けているのだ。
「嫌だ。もうシアと離れたくない。どうせまた逃げる気だろう?」
拗ねたような表情でわがままを言っているレイナード様は、紺色に染めていた髪を元の綺麗な金髪に戻していた。
そして、わたしたちが乗っているこの馬車は王室のものだ。
つまり、変装をやめてレイナード王太子殿下として、婚約者のステーシア・ビルハイムの捜索に加わっていたということだ。
おとといの捜索には長兄のレオンが、昨日の捜索には父が参加していたらしい。
今日は早朝から次兄のスタンが参加して、今は自分の馬に騎乗して馬車を先導してくれている。
レイナード様は、わたしが激流に飲まれた直後から、周囲が危ないからと止めるのも聞かず毎晩遅くまでランタンを持って沢を歩き続けてくれたのだとか。
わたしときたら、その間、山賊のアジトで楽しく過ごしていたというのに。
だから、わたしを発見して駆け寄り、抱き着いてきたレイナード様のお顔には、その美貌に似つかわしくないクマがくっきりと浮かんでいたし、顔色も良くなかった。
山道でわたしを発見した後、馬車を待機させている場所までわたしを横抱きにして連れて行くと言ってきかないレイナード様だったけれど、逆にわたしのほうがレイナード様を担いでお連れしたいと思うほどに疲労が色濃く表れてやつれていたのだ。
瞬時に大きく飛び退き、「わたしはこの通りとても元気です。怪我もしておりません。そんなわがままをおっしゃるのなら、わたしはこのまま逃げますが?」と仁王立ちになると、ようやく諦めてくれたのだが、この脅しが失敗だった。
レイナード様は、山道を歩く間も、待機していた医師の診察を受ける間も、そして馬車に乗ってからもこうしてわたしにベッタリ張り付いて離れようとしない。
俺のせいでこんなことになってごめん。怖かっただろう?痛いところはない?シアが死んでしまったんじゃないかと思って不安だった。助けてくれてありがとう。でもああいう真似は二度としないでくれ。もう離れたくない……とまあ、ずっとそんな言葉を聞きながら今に至る。
わたしを抱きしめるレイナード様の首元からは、かすかに汗の匂いがする。
どれほど懸命に探してくれたんだろうか。
これでまた、レイナード様が妙な罪悪感を持たなければいいのだけれど…。
汗の匂いは苦手ではない。
むしろ、脳筋のわたしは汗の匂いが好きなぐらいだ。
それがこの至近距離で、麗しいレイナード様から香ってくるというのを意識すればするほど、クラクラしそうになる。
「レイナード様、お疲れでしょう?あまり眠っていないのではないですか?」
「それはシアも同じだろう?」
いえいえ、わたしはほぼ地べたみたいなところでもぐっすり眠りましたよ。
「どこにも行きませんから、せめて馬車の中で仮眠をとってください」
「じゃあ、シアが膝枕してくれたら。あとは、その言葉遣いをやめてレイって呼んでくれたらシアの言うことを聞くよ?」
突然あれこれ要求しすぎなのでは!?
でも、休息をとってもらうために、ここは太っ腹に全て受け入れようと決めた。
「わかったわ、レイ」
そう言うと、レイナード様はパアッと顔を輝かせてわたしを膝からおろし、上半身を傾けて頭をわたしの太腿に乗せた。
さすが王室用の馬車だ。広くて柔らかい座席のおかげで体の大きなレイナード様でも横になることができる。
「シア、着いたらたくさん話したいことがある。だからどうか、逃げないで欲しい」
この馬車はいま、わたしの自宅であるビルハイム伯爵邸へと向かっている。
わたしは両親に騎士団の体験訓練に参加するとは言わず、新学期に備えて早めに学院に戻ると言っていた。
事情を知る兄たちからは、バレた場合は自己責任で何とかしろと言われてそれを了承していたけれど、これほどの騒ぎになってしまったらもう「嘘ついてごめんなさい、てへっ」では済まされないだろう。
大目玉は当然で、ヘタすると長期休暇が終わるまでの残り7日間、家から出してもらえないかもしれない。
だからもう逃げ回るのはそろそろやめて、レイナード様としっかり話をしようと思う。
激流に流されてすっかり忘れていたけれど、ナディアが海賊とどうとか言っていた気がするし?
13年前のフェイン侯爵領の暴動事件の証言者を見つけたことや、ジェイの家族の捜索の相談もしたい。
「大丈夫よ、もう逃げないから安心して眠ってちょうだい」
「ねえシア、もう一回名前を呼んで?」
あらあら、まるで体の大きな子供みたいね。
「レイ、おやすみなさい」
柔らかい金髪をなでると、レイナード様は満足げにふわりと笑って目を閉じた。




