表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語  作者: 時岡継美
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/81

山賊4

 わたしは盗賊アジト生活を満喫していた。


 夜明けとともに起きて、また馬とヤギの世話をした。

 朝食はヤギ乳から作ったチーズに、ナッツと山菜炒め。真っ赤に熟れたヤマモモは生のまま口に放り込んで、種の周りの甘酸っぱい果肉をモグモグしながら食べたら、お行儀悪くプッ!と口から種を出す。


「わたし、前世は山賊だったのかも!」

 思わずそう言ったら、キースに鼻で笑われた。

「山猿の間違いだろ」


 うーん、その通りかもしれない。

 でも、夫は鬼畜、長男はゴリラ、次男はチャラ男、長女は山猿なんて……お母様が気の毒すぎるわ。



 彼らの暮らしは、略奪さえなければとてものどかな自給自足集落のようにも見える。

 冬の寒さはさすがにこたえるでしょう?と問うと、冬の間は風の影響を受けにくい洞窟で寝泊まりしているし、獣の毛皮を羽織るからそうでもないという。


 でも、大怪我をしたときや病気にかかったときは困るんじゃないかしら。

 

 山を知り尽くし、腕っぷしも強い彼らをうまく味方にできれば心強いという下心が無いわけではないが、そんなことよりも命の恩人である彼らに人並みの生活をしてもらいたいと思うことも、彼らにとっては押しつけがましいだろうか。


 いろいろ考えてみたけれど、貴族の令嬢であるわたしが彼らの生活を2日間体験しただけで全てを理解した気になって何かを言っても、彼らの心には響かない気がする。


 そんなことを考えていたら、あまりにも唐突に言われた。

「食い終わったら麓まで送る。そこからは、おまえなら一人で誰かに助けを求めるか、サルみたいに木から木へ飛び移りながら帰ることができるだろ」


「え…」としか言えないわたしを見てキースが笑う。

「何驚いているんだ、まさかここに居座るつもりだったわけじゃないよな?お嬢さんのキャンプごっこはおしまいだ。捜索隊が出ているはずだから、このアジトの場所が知られると困る。俺の気が変わらないうちに帰ったほうが身のためだ」


 売られることも、乱暴されることもなく解放してくれるということだ。

 喜ばないといけないのに、なんでこんなにしょんぼりしてしまうんだろうか。



 アジトを出る前に、ひとりひとりに命を助けてもらったお礼とお別れを言った。

 特に良くしてもらったジェイには、もしも病気や怪我で助けが必要になったらビルハイム伯爵家を訪ねてほしいと言っておいた。


 ビルハイムと聞いても、ジェイはあまり驚いてはいなかった。

「ステーシアっていう名前を聞いて、そうじゃないかと思ってた」

 そう言って、少し困ったように笑ったのだ。


 もともと商人だったジェイは、ステーシア・ビルハイム伯爵令嬢という名前を知っていたようだ。

 ということは、一昨日わたしが「ビルハイムの馬車を襲ってみろ」と生意気なことを言った時に、咄嗟に話題を「騎士団長は子供を食べる」と変えたのも、わたしの素性がバレないよう、わざと言ってくれたのかもしれない。


「ビルハイムの家門は、命の恩人を無碍に扱うことは決してしません。だから、あなたたちに何かあったときは恩返しさせてください。お頭のこと、支えてあげてくださいね」



 名残惜しくて、何度も振り返り、ジェイの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


「おまえ、ああいうオヤジが好きなのか?」

「はぁ!?」


 なんて的外れなことを聞いて来るのかしら。

「わたくし、婚約者がおりますので」


 わたしの前を歩き、けもの道を下りるキースが振り返った。

「山猿を婚約者に選ぶとは、よほどの物好きだな」


「ええ、そのせいで婚約解消寸前ですの」

 正直に答えると、キースは破顔した。

 笑った顔が、よく似ている――。


「待って。お話ししておきたいことがあります」

 険しいけもの道を抜け、山道に出たところでキースを止めた。


 片足をひょいっと上げて見せる。

「このブーツは魔導具の風のブーツなんですが、これを作ったのはあなたと同じ黒髪のルシードという友人です」


 ルシードという名前を聞いて、キースが奥歯をぐっと噛みしめたのが顎の動きでわかった。

「彼は山で拾われて孤児院で過ごした後、魔導具師の才能を見出されて男爵家の養子になりました。きっと将来は、この国を代表する偉大な魔導具師になるはずです」


 あなたはルシードのお兄さんでしょう?

 目でそう訴えてキースを見上げたけれど、彼は口の端を片方だけ上げて首をかしげ「それが何か?」という顔をしている。


 ルシードは、あなたに会いたがっていますよ!

 口から出そうになったその言葉は、後方から聞こえた「シア!」という、わたしを呼ぶ叫び声にかき消された。


 振り返ると、山道の向こうからレイナード様が今にも泣きそうな顔で走ってくるのが見えた。

 再び視線を戻したときには、キースはすでにけもの道の藪の中へと姿を消した後だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 盗賊アジト生活を満喫…これはアカンてwww ステーシアの破天荒さにも大分馴れてきたと思ってたけど、どうやらまだまだ底は見えてなかったらしい(笑)
[良い点] まんきつ [一言] なじみすぎw はっ、もしや天職!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ