山賊4
わたしは盗賊アジト生活を満喫していた。
夜明けとともに起きて、また馬とヤギの世話をした。
朝食はヤギ乳から作ったチーズに、ナッツと山菜炒め。真っ赤に熟れたヤマモモは生のまま口に放り込んで、種の周りの甘酸っぱい果肉をモグモグしながら食べたら、お行儀悪くプッ!と口から種を出す。
「わたし、前世は山賊だったのかも!」
思わずそう言ったら、キースに鼻で笑われた。
「山猿の間違いだろ」
うーん、その通りかもしれない。
でも、夫は鬼畜、長男はゴリラ、次男はチャラ男、長女は山猿なんて……お母様が気の毒すぎるわ。
彼らの暮らしは、略奪さえなければとてものどかな自給自足集落のようにも見える。
冬の寒さはさすがにこたえるでしょう?と問うと、冬の間は風の影響を受けにくい洞窟で寝泊まりしているし、獣の毛皮を羽織るからそうでもないという。
でも、大怪我をしたときや病気にかかったときは困るんじゃないかしら。
山を知り尽くし、腕っぷしも強い彼らをうまく味方にできれば心強いという下心が無いわけではないが、そんなことよりも命の恩人である彼らに人並みの生活をしてもらいたいと思うことも、彼らにとっては押しつけがましいだろうか。
いろいろ考えてみたけれど、貴族の令嬢であるわたしが彼らの生活を2日間体験しただけで全てを理解した気になって何かを言っても、彼らの心には響かない気がする。
そんなことを考えていたら、あまりにも唐突に言われた。
「食い終わったら麓まで送る。そこからは、おまえなら一人で誰かに助けを求めるか、サルみたいに木から木へ飛び移りながら帰ることができるだろ」
「え…」としか言えないわたしを見てキースが笑う。
「何驚いているんだ、まさかここに居座るつもりだったわけじゃないよな?お嬢さんのキャンプごっこはおしまいだ。捜索隊が出ているはずだから、このアジトの場所が知られると困る。俺の気が変わらないうちに帰ったほうが身のためだ」
売られることも、乱暴されることもなく解放してくれるということだ。
喜ばないといけないのに、なんでこんなにしょんぼりしてしまうんだろうか。
アジトを出る前に、ひとりひとりに命を助けてもらったお礼とお別れを言った。
特に良くしてもらったジェイには、もしも病気や怪我で助けが必要になったらビルハイム伯爵家を訪ねてほしいと言っておいた。
ビルハイムと聞いても、ジェイはあまり驚いてはいなかった。
「ステーシアっていう名前を聞いて、そうじゃないかと思ってた」
そう言って、少し困ったように笑ったのだ。
もともと商人だったジェイは、ステーシア・ビルハイム伯爵令嬢という名前を知っていたようだ。
ということは、一昨日わたしが「ビルハイムの馬車を襲ってみろ」と生意気なことを言った時に、咄嗟に話題を「騎士団長は子供を食べる」と変えたのも、わたしの素性がバレないよう、わざと言ってくれたのかもしれない。
「ビルハイムの家門は、命の恩人を無碍に扱うことは決してしません。だから、あなたたちに何かあったときは恩返しさせてください。お頭のこと、支えてあげてくださいね」
名残惜しくて、何度も振り返り、ジェイの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「おまえ、ああいうオヤジが好きなのか?」
「はぁ!?」
なんて的外れなことを聞いて来るのかしら。
「わたくし、婚約者がおりますので」
わたしの前を歩き、けもの道を下りるキースが振り返った。
「山猿を婚約者に選ぶとは、よほどの物好きだな」
「ええ、そのせいで婚約解消寸前ですの」
正直に答えると、キースは破顔した。
笑った顔が、よく似ている――。
「待って。お話ししておきたいことがあります」
険しいけもの道を抜け、山道に出たところでキースを止めた。
片足をひょいっと上げて見せる。
「このブーツは魔導具の風のブーツなんですが、これを作ったのはあなたと同じ黒髪のルシードという友人です」
ルシードという名前を聞いて、キースが奥歯をぐっと噛みしめたのが顎の動きでわかった。
「彼は山で拾われて孤児院で過ごした後、魔導具師の才能を見出されて男爵家の養子になりました。きっと将来は、この国を代表する偉大な魔導具師になるはずです」
あなたはルシードのお兄さんでしょう?
目でそう訴えてキースを見上げたけれど、彼は口の端を片方だけ上げて首をかしげ「それが何か?」という顔をしている。
ルシードは、あなたに会いたがっていますよ!
口から出そうになったその言葉は、後方から聞こえた「シア!」という、わたしを呼ぶ叫び声にかき消された。
振り返ると、山道の向こうからレイナード様が今にも泣きそうな顔で走ってくるのが見えた。
再び視線を戻したときには、キースはすでにけもの道の藪の中へと姿を消した後だった。




