山賊3
「だから!騎士団長が人間の子供を食べるわけないでしょう?」
「俺らだってなあ、無差別に人を殺しまくってるわけでもないし、水浴びだってしてるから『臭い』とか勝手なイメージだけで言うな!」
ここでは食事中に大声を出しても、眉を顰める者はいない。
わたしたちの言い合いは夕飯まで続き、お互いの認識にかなりの齟齬があることが確認できた。
彼らは、沢で気を失っている見ず知らずのわたしを助け、焚火で乾かしてくれて食事まで提供してくれているのだ。
この時点ですでに、十分な善行だ。
親しくなれとは言わないけれど、彼らの事情や主張に興味を持って耳を傾けることも必要だと思うわ――あの勉強会でナディアが言った言葉が脳裏に蘇る。
本当にその通りだ。
年下の貴族の娘に上から目線で「あなたたちの好感度を上げてさしあげるわ!」なんて言われて、「ありがとうございます、是非お願いします」なんて言う山賊はいないだろう。
まずは、彼らのことをよく知るところから始めないといけないわね。
翌日、わたしは彼らとともに馬とヤギの世話をして、魚を釣り、焚火を囲んで一緒に食事をした。
血染めのシャツが不気味だとキースに言われて、以前の略奪品の中に入っていたというシャツを借りた。
崖から落ちて激流に流されたわりに、どこにも怪我をしていなかったのは幸いだ。
カモちゃんが守ってくれたに違いない。
低い位置は全て採ってしまって、もう高い位置にしか実が残っていないというヤマモモの話を聞いて、ジェイを踏み台にさせてもらって飛び上がり、ヒョイヒョイと高い枝まで登って行って実を採ると、とても感謝された。
「嬢ちゃん、すげーなあ」
特にジェイは、とても褒めてくれた。
ジェイには、わたしと同じぐらいの年の娘がいたらしい。
彼はもともと城下町で商会を営んでいたんだとか。
しかし8年前に詐欺に遭い、財産を全て失った挙句に妻と8歳の娘まで借金の形として連れ去られ、自暴自棄になって死のうと思い、山をさまよっているところを山賊たちに拾われたらしい。
奥様とお嬢さんの名前を教えてもらえれば、今どうしているか調べることも不可能ではないと言ってみたけれど、ジェイは力なく首を横に振った。
「どうせロクなことになっちゃいねえさ。だから……知るのが怖い…」
ジェイの巨体が急に小さくなったように見えて、胸が痛んだ。
この山賊のアジトは20人ほどの男所帯で、たいていはジェイのようにある日突然普通の生活から何もかも失って行きついたのがここだったという人ばかりらしい。
20代半ばぐらいだと思われるキースよりもみんな年上のように見えるけれど、キースは先代のお気に入りでカリスマ性も統率力もあるため、先代亡き後に「お頭」の座を継いだのが2年前のことだったんだとか。
ジェイにこっそり、お頭のキースはどういう経緯で山賊になったのか尋ねると、思いもよらない話が飛び出してきた。
「13年前の、フェイン侯爵領の暴動事件を知ってるか?お頭はその生き残りらしい」
思わず、ひゅっと息をのんだ。
13年前といえばわたしはまだ幼児で、事件当時のことは覚えていないが、そのあとのお妃教育の中で学んだ大事件だ。
貴族のほとんどは、自分の領地に暮らす領民のことを大事にしていて、領地の農業や産業の発展のために骨を折り、健やかな領地運営に励んでいる。
しかし残念ことに、領民の生活など顧みずに必要以上に搾取し、帳簿をごまかして私腹を肥やそうとする悪い貴族というものが、どの時代にも存在するのだ。
国へ納める作物は、天候不良などで収穫量が予想より大幅に下回った場合や、運んでいる途中で事故に遭って積み荷を失った場合に、納付量を減らせる救済措置が設けられているけれど、この制度を悪用する貴族も後を絶たないと聞いている。
フェイン侯爵もそんな「悪い貴族」の典型で、たまりかねた領民が暴動を起こしたのが13年前の事件だ。
司祭を人質に取って教会に立てこもり、度を越した徴税をやめるように領主のフェイン侯爵に要求したのだが、その教会から火が上がり全焼して、司祭も暴動を起こした領民も全員焼死したとされている。
その後、フェイン侯爵の邸宅から隠し資産や二重帳簿が見つかり領地没収および爵位剥奪の罰を受けた侯爵家だったが、教会の火事に関しては、逆上した侯爵が外から火を放ったとする説と、領民が司祭を殺して内側から火をつけたという説があり、決定的な証拠がないためにフェイン侯爵を放火と殺人の罪には問えなかった。
現在その領地は国王陛下の直轄領となっていて、二度とそのような痛ましい事件を起こさないようにという戒めとして、焼失した教会の跡地には慰霊碑が建てられている。
まさか、あの事件の生き残りがいたなんて…。
それが本当なら、教会の火事の原因をキースは知っているのかもしれない。
たしかその後、フェイン元侯爵は家門から疎ましがられて見放され、僻地でひっそり暮らしていたけれど、3年前に馬車で移動中に山賊に襲われて無残な最期を遂げたと聞いている。
あれ?
山賊に襲われて…?
まさか―――。
「その事件なら、学院でも『領地経営の悪い例』『こんな領主になってはいけません』って習うので、貴族の子供なら誰でも知ってますよう。生き残りがいたんですね」
わざと明るく馬鹿っぽく、その先の真実になんてこれっぽっちも気づいていませんっ!という体で言ってみたが、元商人の目をごまかせたか否かはわからない。
ただ、わたしがその事実に気づくことも予想した上でジェイは話してくれたのかもしれないとも思う。
彼らはもうとっくに「弱きを助け、悪を挫く」を体現してるわけだ。
人気者になって、人目を気にして悪さをしなくなれば襲われる馬車が減る――そんな打算的な考え方ではなく、彼ら自身がもっと報われて、生活の質が向上していきますようにと強く願った。




