馴れ初め4
この国の貴族の子供たちは、おおむね15歳~16歳で社交界デビューを果たし、それと同時に全寮制の高等学院に入学するのが慣例となっている。
わたしたちは共に16歳でデビュタントを迎えた。
婚約当初は、わたしのほうが背が高いぐらいだったのに、いつの間にかそれは逆転し、レイナード様はどんどん「男性」の体つきになってゆき、声は低くなり、「なんて可愛らしい!天使!」と脳内で愛でていた笑顔は、麗しさとかっこよさを兼ね備えたものになっていった。
体の成長に関してはわたしも同様で、身長の伸びは早くも止まってしまったけれど、胸が柔らかくふくらみ始め、体つきはどんどん「女性」へと進化していく過渡期だった。
第一王子であるレイナード様のパートナーはもちろん婚約者であるわたしで、ダンスホールのど真ん中に立たされたわたしたちは初のダンス披露にひどく緊張していた。
レイナード様はあまりダンスが得意ではなく、緊張のあまり控室で水を一気飲みしてはトイレに行き…を繰り返し、ついにダンスの先生に「シャキっとなさいませ!」と叱られる始末だった。
体を動かすことが大好きなわたしは、お妃教育の中でダンスのレッスンだけは唯一楽しみにしていた時間だった。
いつも必ずレイナード様と一緒だったし、先生がわたしのステップを軽やかでリズミカルだと称賛してくれたからだ。
かたやレイナード様は、あまりリズム感がよくないようで、その自信のなさが姿勢や表情に現れてしまうものだから、先生からは頻繁に「もっとシャキっと!」と檄を飛ばされていた。
ダンスの時間だけは、わたしのほうが得意げにレイナード様をリードする様子を見た先生が、わたしにそっと耳打ちしたことがある。
「女性がリードするのも大変結構ですが、表面的には男性にすべてを委ねて頼り切っているように見せなければいけませんよ。結婚生活もまた然りです」
なるほど、確かに両親はそんな雰囲気だと妙に納得して頷いた。
デビュタント当日、会場の入り口で緊張しているレイナード様に「しっかりなさって?」と声をかけるわたしも、もちろん緊張していた。
しかし、ダンスホールの真ん中に立たされ曲が流れ始めると、レイナード様は堂々とした立ち居振る舞いで優雅に微笑む仮面をかぶり始めた。
このスイッチの切り替えはいつ見ても驚かされる。
控室では今にも泣きそうな表情だったくせに。
その日のファーストダンスは、これまで何度となく重ねてきたどの練習よりも一番上手くいったと思う。
それなのに曲が終盤に近付いた時、レイナード様がわたしの耳元で「綺麗だよ、シア。君が一番綺麗だ」と鼻血が出そうになるようなことを甘くささやくものだから、わたしの集中力が削がれて足がもつれてしまった。
マズイ!このままでは転んでしまう!
思わず目をつむったその時、体が一瞬ふわりと浮いたことに驚いて目を開くと、そのまま視界が半回転して着地した。
わたしの腰と背中をレイナード様がしっかりと支えていて、その腕に男性の力強さを感じてドキリとした。
その時、曲が終わり、わたしたちはたくさんの称賛の拍手を頂戴した。
そしてこのデビュタントの夜、レイナード第一王子の立太子が国王陛下から宣下され、レイナード様は王太子殿下に、そしてわたしは王太子殿下の婚約者となったのだった。