カインの嘆き5
さてと、ようやくナディアの婚約破棄ミッションはクライマックスだ。
王妃様からも発破をかけられたのだから、とにかくとっととナディアの件を片付けて早くレイナードとステーシアの仲を修復しなければならない。
ナディアが留学を終えて帰国する。
そこに留学先の王太子がのこのこついてくるとなれば、留学中の火遊びでは終わらず関係が続いているということになる。
家族や婚約者が報告を受けているであろう、留学中のナディアの様子とも合致する。
さぞや怒られるだろう。
天真爛漫でいつも明るく元気なナディアは、その笑顔の裏で一途に道なき恋を成就させようと必死だった。
応援したくなる気持ちもよくわかる。
しかし、外国の王太子がこんな茶番に加担したとバレれば国際問題に発展する。
それに婚約破棄された責任を取って娘と結婚しろとナディアの親に迫られたらどうするつもりなのか。
だからレイナード自らがついて行くことには猛反対したのだが、頑固なレイナードはきかなかった。
「あれこれ上手くいって、我が国の船が海賊に襲われることもなくなれば、ナディアの国と心置きなく貿易ができるようになるね」
潮風に揺れる金髪をかき上げながら呑気なことを言って笑っているレイナードに対し、俺は船酔いに苦しめられていた。
俺たちの献身的な協力に何度も感謝を述べ、ステーシアとの仲を心配するナディアに、レイナードは一瞬悲し気な顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「大丈夫。もう一度シアに振り向いてもらえるように努力するから」
まったく、とんだお人好しだ。
ナディアに言ってやりたいことは山ほどあったが、あいにく船酔いが酷くて口を開くことができなかった。
ナディアの実家は侯爵家で、血筋を辿ると王家ともつながりがあるという由緒正しい家門だった。
当主は代々、ロシーゼル商会という貿易商も営んでいる。
このロシーゼル侯爵家のご令嬢が取り締まるべき対象である海賊と恋仲であることは、許されることではなかったのだ。
レイナードは「お忍び」のため、護衛は船酔いで使い物にならない俺ひとりだった。
航海中は、遠くにずっと同じ距離を保ちながらついて来る船があり、まさか海賊に襲われたりないよな!?とヒヤっとしたが、襲うというよりはむしろ護衛してくれているようにも見えた。
ナディアがずっとその船を見つめていた様子から察するに、あれは想い人が乗っている船だったのかもしれない。
港の雰囲気から察するに、ここ、ナディアの母国・セントームは噂通り治安の良さそうな国だ。
しかし、船で海に出れば積み荷を狙う海賊が跋扈しているわけで、ならばいっそ海賊の頭領に娘を差し出した方が何かと都合がいいんじゃないかとすら思っている俺は、まだ船酔いが続いているんだろうか。
ナディアの実家に到着すると、父親であるロシーゼル侯爵は、俺たちにペコペコ謝り始めた。
実は父親もナディアの恋を応援したかったのだが、相手が海賊となると大っぴらにはそれができず、おまけに高位貴族から断り切れない婚約の打診まで来てどうしようもなかったんだとか。
そして思惑通り、つい先ほど婚約破棄の知らせが届いたらしい。
親子は手を取り合って喜んでいた。
なるほど、親もグルだったわけか。
話が拗れたらどうしようかと思っていたが、あっさり解決して一安心した。
もしも今後、この件に関して国内外から照会があった場合には、レイナード殿下とナディアはただの友人で、商談に来ただけと言ってくれるらしい。
しかしそれではせっかく婚約破棄されたのにまたそういう話が来るかもしれないし、これから先、ナディアが海賊と結ばれても結局商会の立場が悪くなるのではと心配する俺に、ロシーゼル侯爵は笑顔で言った。
「貴族はプライドが高いので、一度婚約破棄した相手の疑惑が晴れたからといって再度婚約を迫ってくることはございませんし、海賊との浮名に加え婚約破棄された履歴を持つ娘に新たな婚約の話も来ないでしょう。
ほとぼりが冷めたところでナディアがいなくなっても気に留める者もおりませんし、海賊と一緒になったと露見しても、ここまでくればもう『制御不能な親不孝者』の娘を持った親だとむしろ同情を集めるかもしれません。
ナディアには汚名を着せることにはなりますが、本人は覚悟の上です。海賊は平民には人気ですから、純愛を貫いたと世間では支持してもらえるでしょう」
その夜、俺はレイナードのことを「人が悪い」となじった。
「ナディアの親もグルだってことを、おまえも知っていて俺に黙っていたんだろう?」
「王太子の身勝手な振る舞いに振り回されてオロオロする側近っていう雰囲気にリアリティーがあってよかったよ。カイン、ありがとう」
ありがとうじゃねーよ!
こんな野暮天に騙されていただなんて!ちくしょう!
そのあと、俺たちはセントームに2日間滞在した。
レイナードがロシーゼル商会との貿易の話をこちらに有利な条件でまとめたのはさすがだ。
独特の質感、色味、光沢を醸し出す貝殻細工やパールの工芸品は、貴族の女性たちの心をがっちり掴むに違いない。
これまでもセントームと貿易をしたいという意見は数多くあったのだが、海賊に積み荷を狙われるリスクと我が国の海運に不慣れな状況を考えると損害の方が大きいだろうと言われて断念していた。
しかし、少なくともナディアが海賊の頭領と蜜月でいる間は、用心棒のかわりになってくれるだろう。
お人好しだとばかり思っていたが、もしかして最初からレイナードはこれを狙っていたんだろうか。
いや、それは買いかぶりすぎだな。
土産物屋でステーシアへ贈るネックレスを熱心に選ぶ野暮天の横顔を見ながら、ふとそんなことを考えた。
俺たちの見送りのときにナディアが見せた晴れやかな笑顔に、幸せな未来が待っていますようにと願う。
隣に立つレイナードも、ほっとしたような穏やかな微笑みでナディアに手を振っていた。




