カインの嘆き4
ステーシアは、いたって真面目にレイナードに嫌われようと奮闘していたが、それがどうにも的外れだった。
その様子に呆れる俺に対し、レイナードはどこか楽しんでいた。
「昔のシアに戻ったみたいだ。生き生きしてるよね」なんて笑って。
ステーシアがどんなにレイナードに嫌われようとしても、嫌いになんてなるはずがない。
あいつにとって世の中の女性は「ステーシア」か「ステーシア以外」という分類しかなく、その唯一無二の存在であるステーシアを嫌いになるという発想自体が皆無だからだ。
もしも、本当にステーシアに逃げられたまま、彼女が誰かほかの男と結婚でもしたら、大げさな話ではなくレイナードはショックで死ぬだろう。
そうなったら、俺は確実に王妃様に殺される。
どうにかしたいけど、どうにもできない膠着状態のままナディアの留学期間が終わろうとしている。
だったらもう、ステーシアに全部話したっていいだろうと思う反面、今更何を言ってももう手遅れな気がしていた。
だからこそ、ナディアの手助けをしていただけだという言い訳じみた話ではなく、むしろ昔も今もこれからも、ずっとステーシアのことだけが好きなのだという気持ちをきちんと伝えないとダメだと、レイナードに進言したのだが…。
悪い流れの時は、とことん負のスパイラルに陥ってしまうのが世の常だ。
「はあっ?シアに好きだと言え!?何言ってるんだ、そんなこと言えるわけないだろう!」
レイナードはもちろん、「恥ずかしくてそんなこと言えない」という意味でそう言ったのだが、そこの部分だけを聞いたら大いに勘違いするセリフだ。
そして案の定、そこだけ聞いたステーシアが「今更そんな告白をされても迷惑なだけだ」と言い放ち、パーティーのエスコートも断って逃げて行ったのだ。
レイナードは慌てて追いかけたのだが、一瞬窓の外に亜麻色の髪が見えた気がした俺は、レイナードが走って行った廊下ではなく、窓から外を見下ろしてみた。
すると、見事な着地を決めて、元気よく走りだすステーシアの姿があったのだ。
すげーな、オイ。ここ2階だぜ?
華々しいパーティーが開催されて高等学院の一年の締めくくりとなるわけだが、参加は自由であるため一部の貴族の子息女のみが参加するこのパーティーにリリーはもともと欠席の予定だった。
こういう華やかな催し物よりも静かに本を読むことを好むリリーは、社交パーティーにも出たことがない。
実力のほどは知らないが、一応ダンスはできるらしい。
高等学院の卒業パーティーには一緒に参加しよう、もちろん俺のエスコートで。
レイナードたちに、俺たち実は婚約者同士なんだって言って驚かせてやろう。
そう約束したことをリリーは覚えているだろうか。
卒業パーティーでもしもリリーが違う男にエスコートされて参加していたら、俺はそいつに掴みかかるかもしれない。
それを想像しただけで、心に黒い雲が渦巻くのだ。
実際にその状況になってしまったレイナードは、自業自得とはいえ気の毒になるほど必死に嫉妬する気持ちを抑えようとしているように見えた。
どうやって選んだのかは知らないが、ステーシアが選んだパートナーのルシード・グリマンは美少年だし、ドレスはいつもの首までしっかり覆っているデザインとは違い、目のやり場に困るほど胸元が大胆に開いていた。
ステーシアちゃんて、意外と巨乳……はっ!待て、そんなことを考えていたと知られたらリリーにさらに嫌われる。
リリーがいなくてよかった。
ダンスでも、ステーシアは満面の笑みでクルクルと優雅に回り続け、会場中の視線を全てさらっていた。
一曲目が終わると、近づこうとしたレイナードを無視してルシードとべったり体を寄せ合ったまま会場の外へ出たものだから、レイナードはナディアを俺に押し付けて追いかけて行ったのだった。
ひとりで戻って来たレイナードは、ステーシアが着けていたはずのネックレスを握りしめ、どんよりした空気を纏っていた。
聞かなくてもわかる、どうせまた逃げられたんだろう?
レイナードをバルコニーへ連れ出した。
「そんなシケた顔するな。王子様が台無しだろ」
「シアが…俺以外の男を選んだらどうしよう」
やっとそれに思い当たったのか、おまえほんと野暮天だな。
そんなに溺愛してるなら、うんと甘やかして自分の腕の中に閉じ込めておけよ、馬鹿野郎。
「これまでステーシアちゃんがどんな気持ちでおまえとナディアのことを見ていたか、よくわかっただろう?ここまできたからには、とにかくナディアのことをまず円満解決して、それからだ。あと少しでミッション完了なんだから頑張れ、おまえが言い出したことなんだからな?」
しょげかえっていたレイナードは、どうにか「王子様」の仮面をかぶり直してパーティーを乗り切ったのだった。




