カインの嘆き2
高等学院の寄宿舎の部屋割りは「厳正なる抽選のもと」に行われ、俺とレイナードが同部屋に、リリーとステーシアも同部屋になった。
どう考えても偶然ではないはずだが、そこは目をつむっておくことにする。
学院内で俺は、誰に対しても人懐っこく話しかける明るくお調子者のキャラを演じている。
このほうが、いろんな情報を入手しやすいからだ。
リリーともたまにこっそり会って情報交換し、ついでにぎゅーっと抱きしめて「充電」させてもらっている。
ちなみに「充電」とは、リリーによればどこか遠い国の言葉で、恋人のことを抱きしめて英気を養うことをさす比喩表現らしい。
最初のうちは順調だった。
レイナードとステーシアはよく中庭のベンチに二人で腰かけ、おしゃべりに花を咲かせていた。
これが続けばいずれは手を握りあったり、肩を密着させたりと、心も体も二人の距離がぐっと縮まるに違いないと確信していた。
留学生のナディアがとんでもないお願いをしてくるまでは――。
「恋人のフリをしてくれないかとナディアに言われたんだ」
唐突にレイナードにそんなことを言われて戸惑った。
「当然断ったんだろ?」
「いや、了承した」
いやいや、断れよっ!
ナディアには恋人がいたのだが、交際を親に反対され、不本意な相手と無理矢理婚約させられた挙句、想い人とこっそり逢引きできないように留学させられたらしい。
その想い人というのが、なんと海賊の頭領なんだとか。
そりゃ親としては反対するわな、って感じなのだが、ナディアは諦めきれないらしい。
だから留学先で、婚約者が呆れて婚約破棄してくれるようなスキャンダルを起こしたい、密偵がそれを逐一母国に報告してくれるはずだ、留学先の王太子に横恋慕して婚約者から略奪したとなれば思い通りになるかもしれない、だからあなたに協力してもらいたいと懇願されたらしい。
俺だったら絶対に首を縦には振らないし、事前に相談されていたら「絶対にやめておけ」と言ったはずだ。
しかしお人好しで優しいレイナードはナディアに大いに同情してオッケーしてしまったのだ。
「ステーシアちゃんのことはどうするつもりだ?ちゃんと話しておくんだろ?」
「いや、密偵が誰だかわからないらしいんだ。可能性は低いけど、シアと同部屋のマーガレットがそうかもしれない。シアは嘘がつけない子だから絶対にボロが出る。たった半年だけの期間だから、無事に解決したところで話せばわかってくれるはずだ、俺とシアが過ごしてきた月日に比べれば半年なんてあっという間だ。それで壊れるような絆じゃない」
嫌な予感しかしなかった。
「俺が密偵だったらどうする?こんなに気安くネタばらしして大丈夫なのか?」
「構わない。カインが密偵なら、本国の方にナディアは王太子を誘惑する悪女だと報告して早く婚約破棄されるように仕向けてくれ」
やれやれだ。
というか、俺はおまえの母親の密偵なんだけどな。
すぐに王妃様に報告すると、彼女はひと言「レイナードって、馬鹿なの?」と言い放った。
まったくどういう育て方したらあんな人間になるんでしょうね!親の顔が見てみたいですよね!と、嫌味のひとつでも言いたいところではあったが、不敬罪に問われると困るため「同感です」とだけ答えた。
とりあえず国王陛下にはこのことは黙っておくから、上手く解決してみせろと言われた。
「陛下に尋ねられたら、若気の至りで少しよそ見しているだけ、あなたにもそんな頃があったでしょう?って言っておくわね」
くすくす笑う王妃様は、明らかに楽しんでらっしゃるご様子だった。
ステーシアに堂々と触れることさえできないレイナードが、ナディアと偽装恋愛などできるはずがないと思っていたら、不思議なことに人前で当たり前のようにイチャイチャするものだから驚いた。
レイナードとナディアはどんどん親密な関係になっていくような雰囲気を醸し出している。
その様子は、まさか本当にナディアに乗り換える気じゃないだろうな!?と不安になるレベルだった。
「どうしてナディアとは、あんなにベタベタイチャイチャできるんだ?ステーシアちゃんには全くできないのに」
「どうしてかって?それはナディアのことを何とも思っていないからだ。可愛い子だなとは思うよ?でもその『可愛い』は、花を見て綺麗だなと思うのと同じ感情だ」
なるほどな。
レイナードにとって女性とは「ステーシア」か「ステーシア以外」の2種類しか存在しないらしい。
だから俺が、自分の婚約者の話をしても、それは誰なのかと名前すら聞いてこないのも、ステーシア以外の女性は「その他大勢」であり全く興味がないのだろう。
学院内の生徒たちは、レイナードとナディアが急速に親密になってゆく様子に敏感に反応して「ナディア派」「ステーシア派」という派閥まで形成され、レイナード、ナディア、ステーシアの3人の動向を注視している。
ナディアの国の密偵が誰かはわからないが、この事態を眉を顰めながら報告していることだろう。
おまけに、ナディアの鑑定結果が「お姫様」だったというデマまで流れ始めた。
レイナードが「王子様」だったのは本当だ。
それを俺がおもしろおかしく吹聴したために、それをナディア派に利用されてしまったのだろう。
後からナディア本人に教えてもらったのだが、彼女の鑑定は「海賊」だったらしい。
だから彼女は、きっとこの計画は上手くいくと浮かれていたし、レイナードもそれを聞いて「よかったじゃないか」と笑ったのだが、その様子をステーシアに見られていたのは誤算だった。
ステーシアは怒りと哀しみがないまぜになった悲痛な表情をしていた。
レイナードも野暮天なりに、ステーシアが辛そうにしていることには気づいていた。
噂が独り歩きし始めたことだし、全貌は明かさないまでもステーシアに信じて待っていて欲しいぐらいは伝えておいたほうがいいということになったのだが、すでに手遅れだった。
ステーシアはすでに、レイナードと二人っきりになる状況を徹底的に避けて逃げ回るようになり、目すら合わせようとしなくなっていたのだから。
この日の勉強会で、レイナードはあることを計画していた。
ステーシアが逃げられない状況を作ればいい。
努力家の彼女がしっかり予習してこないように、ステーシアにだけテーマを教えず戸惑わせたところで「わからないなら、このあと一緒に勉強し直そうか」と切り出すはずだったのだ。
海賊と山賊対策というテーマは、ステーシアには難しかったらしい。
その直前に、二人のイチャコラとも見えるやり取りを見てしまったこともあって、ステーシアは終始泣きそうな顔をしていて見ていられなかった。
しかしレイナードとしては、これでやっとステーシアと二人で話せると前のめりになったのかもしれない。
彼女が深く傷ついている様子などお構いなしに「シアはどう思う?」と話を振ったのだ。
よくわかりません、とひと言だけ言ってくれたらよかったのだが、ステーシアは勉強不足で申し訳ないと深々と頭を下げると猛ダッシュで教室を出て行ってしまった。
レイナードが慌てて「待って!」と呼び止めようとしたが、逃げられてしまった。
ああ、やっぱりな。
こうなりそうな予感がして、今日はやめておけとずっとレイナードに視線を送って伝えようとしていたのだが、この野暮天は全くそれに気づいていなかったのだ。




