騎士団の体験訓練・後半3
グループに分かれて夕飯のための準備が始まった。
焚火用の薪を用意する係、沢で魚を捕まえる係、食材を串にさして炙りやすく加工する係にそれぞれ分かれて準備を進めた。
わたしは食材加工担当になってしまった。
女子だから力が必要ない作業がいいだろうと気を遣ってもらったのかもしれないけれど、正直細かい作業はあまり得意ではない。
魚を捕まえる係になりたかったのにい!
しかし、魚係にはレイナード様もいたから交代を申し出るのはやめておいた。
そばにいる時間が長くなればなるほど、ボロが出そうでこわい。
悪戦苦闘しながら牛肉の塊を一口大に切っていると、同じく食材加工係になったコンドルが「あれ?」と首をかしげている。
「肉ってこれだけだったか?馬車の荷台にもっと積んであった気がするけど」
肉がどれぐらい用意してあったかなんて、どうでもいい…。
「気になるならもう一度馬車の荷台を見てみればいいんじゃないの?あそこの木立の向こう側に停めてあったと思うけど」
「わかった、俺ちょっと見て来るから!」
走っていくコンドルを見送って、再び牛肉の塊と格闘しはじめたときだった。
「うわあぁぁぁっ!」
木立の向こうからコンドルの悲鳴が聞こえてきた。
作業の手を止めて振り返ってみたけれど、木立に隠れて何が起きているのかよく見えない。
ほかの生徒とともに悲鳴が聞こえた方向へと走って行った時、ブワッと吹いた風で土埃が舞い上がり、目に入るのを腕を上げて防いだ。
土埃が収まるのを待って前方を見ると、なんと肉を抱えたコンドルをグリフォンが大きな鉤爪でしっかり捕えて飛び立とうとしているところだった。
グリフォンは、上半身がワシ・下半身がライオンという魔物だ。
おそらく、荷台に放置されていた牛肉の塊をねらってやって来て、肉を抱えたコンドルごと巣に持ち帰ろうとしているのだろう。
しかし、グリフォンにしては体が小さいため、コンドルを捕えたまま浮上するのに手間取っている様子だ。
人間のそばに寄ってきたことや、小柄なことからすると、このグリフォンはまだ子供なのかもしれない。
「隊長ぉぉぉっ!コンドルがグリフォンにっ!!」
数人が叫びながら隊長たちを呼びに行く。
そこは「コンドル」じゃなくて、ちゃんと「フレッド・ハウザーくんが」って言わないと、わかりにくいんじゃないの?とか冷静なことを考えている場合ではない。
「その肉を向こうへ投げろっ!」
誰かの指示に応じてコンドルが肉を横に投げた。
これでグリフォンが彼を放して肉の方へ行ってくれたらしてやったりだったのだけれど、いきなり大勢の人間が現れてもう肉どころではなくなったのか、グリフォンは地面に転がる肉には見向きもせずにコンドルをしっかりと捕らえたまま羽ばたきを続ける。
こうなると、コンドルが手放した肉の重さ分、軽くなるわけで…。
コンドルの足が地面から離れ始めた。
もうっ、誰よ!肉放せとか言った馬鹿はっ!
振り返って、後ろに立っていた生徒に向かって叫んだ。
「ちょっと、そこのあなた!四つん這いになって!」
「は?」
「『は』じゃなくて『はい』でしょ!時間がないんだから早くっ!」
わたしの勢いに気圧されて四つん這いになったその背中に片足を乗せると、ブーツをポンポンと軽く叩いた。
「カモちゃん、見せ場よっ!」
風が舞い上がる。
「踏み台にして失礼」
両脚とも乗せると膝を曲げてジャンプし、目の前の木の枝に飛び移った。
そのまま、まるでサルのように身軽に木の上の枝へ、またその上へと飛び移っったところで、グリフォンと目が合った。
「ねえ、グリフォンちゃん、そんな美味しくなさそうなコンドルよりも、わたしのほうが美味しいと思うわよ?」
そう言いながらシャツのボタンを外し、胸の谷間をちらりと見せた。
こっちのほうが柔らかいお肉よ、というアピールのつもりなんだけれども、もしもこれでグリフォンが見向きもしなかったらすごく恥ずかしいやつだ…。
一瞬不安になったけれど、グリフォンは見事にこれに食いついてきた。
コンドルを放し、こちらへ向かってくることを確認してまた枝から枝へと飛び移り、地面に軽やかに着地する。
グリフォンに落っことされたコンドルが、先ほどの踏み台にした生徒たちに助けられた様子が視界の端に入り、安堵しながら猛ダッシュで走り始めた。
もう「ほどほどに」とか言っていられない。
グリフォンに捕まったらおしまいだ。
そのままトップスピードを維持しながら武器を持ってこちらへ駆けつけようとしていた騎士たちの元へとグリフォンを誘導した。
弓矢での攻撃を受けて、グリフォンのターゲットがわたしから外れた。
グリフォンは攻撃に抵抗してギャアギャア鳴きながら旋回と急降下を繰り返している。
「よくやった!あとは俺たちに任せて安全な場所へ下がっていろ!」
隊長がわたしを庇うように目の前に立った。
「はい」
言われなくてもそうします。わたし、弓は使えないので。
あまり目立ちすぎないように静かにゆっくりとその場を離れて後退していくと、ちょうどコンドルも肩を貸してもらいながら戻ってくるところだった。
「コンドル!何やってるのよ、馬鹿ねえ」
「死ぬかと思ったあぁぁぁ」
「泣かないの!馬鹿ね」
抱きしめて慰めるふりをしながら、コンドルの背中にくっついていたグリフォンの羽を取った。
やった!グリフォンの羽ゲットよおぉぉっ!
これでルシードに何を作ってもらおうかしら!?
しめしめと思いながら羽をポケットに入れたところで、後ろから肩をグイっと掴まれた。
おっとっと、となりながら見上げると、レイナード様が険しい顔をしてわたしを覗き込んでいるではないか。
沢から戻って来たのね。




