風のブーツ1
是非またいつでも遊びに来てちょうだいね、と笑顔のグリマン男爵夫人と、もう二度と来るなっ!という顔をしているディーノと、苦笑を浮かべるルシードに見送られてグリマン男爵家を後にした。
いつもの御者に「どこでもいいから広い場所に寄って」とお願いすると、すごく嫌そうな顔をされた。
「今度は何をなさるおつもりですか?」
「そんなに警戒しなくていいわ。今日はちょっと走り回って飛び跳ねたいだけだから」
立場とご年齢をお考え下さい、そうため息をつきながらも、わたしが一度言い出したら聞かないことをよく知っている御者は、高台の原っぱに連れて行ってくれた。
早速「風のブーツ」に履き替える。
「さあ、カモちゃん、行くわよっ!」
馬車の扉を開け、手を差し出す御者に「必要ないわ」と笑顔で告げて勢いをつけて飛び出すと、普通ではありえないぐらいの距離を飛んだ。
衝撃も全くなく、ふわりと軽く着地した。
振り返ると、御者が驚いた顔であんぐり口を開けて固まっている。
それに構うことなく、わたしは全速力で走り回って、飛び跳ねて、転がりまわった。
楽しいっ!
あとから御者に「残像が見えるぐらい速かった」と言われて、大満足の出来栄えとなった風のブーツ、通称「カモちゃん」を大事に可愛がろうと決めた。
翌日、わたしはまた魔導具研究室にやって来た。
風のブーツを試してみた感想と、あらためてお礼を言いたかったためだ。
研究室をのぞくとそこにはルシードとディーノがいた。
まさか舌の根も乾かぬうちにもうイジメを!?と思ったらそうではなく、仲良く二人で設計図を描きながら談笑しているではないか。
思わずクスっと笑うと、その気配を感じたのか振り返ったルシードがわたしの姿を認めて「ひっ」と喉を鳴らした。
だから、怯えないでほしいわ。
「ごきげんよう、グリマン家のご兄弟。今日は改めて風のブーツのお礼を言いに来ましたの」
残像が見えるぐらい速かったと報告したら、二人は顔を見合わせて首をかしげ始めた。
「カモの羽だろ?」
「うん…おかしいですよね」
え、何がおかしいの!?
「普通はカモごときでそこまでの効果が出るはずないんだ」
まあ、カモ《《ごとき》》ですって?
やめてちょうだい、そんな言い方をしたらカモちゃんが拗ねて北の国へ帰ってしまうわ!
じゃあ実際に見せてやろうじゃないのと鼻息荒く学院の運動場へと出て、カモちゃんに履き替えた。
「カモちゃん、わたしたちの実力を見せつけてやりましょ」
すっかりブーツに同化している羽模様をなでると、ふわりと風が吹き抜けていった。
軽くステップしたあとに、ビュンと加速して運動場を駆け抜け反対側に立っている二人の元へとたどり着くと、グリマン兄弟はあんぐりと口を開けて固まっていた。
昨日の御者と一緒だ。
そんなに驚くほど速いんだろうか?
「なあ、ルシード。『気違いに刃物』って言葉知ってるか?」
「うん…非常に危険なものの例えだよね」
ええぇぇぇっ!?
ちょっとこっちに来いと有無を言わさずディーノに腕を引っ張られて研究室へと連行された。
残像が残るほど速いってことを証明しようとしただけなのに、どういうこと!?
「ステーシアさん、あれでどれぐらい本気だった?もっと速く走れたりしますか?」
恐る恐る聞いてきたルシードにこちらも正直に答える。
「ルシードたちの前で止まらないといけないと思ったから、もちろん手加減はしたわよ?これがもっと…たとえば殺人鬼に追いかけられているような状況だったりしたら、もっとうんと速く走れるんじゃないかしら」
もちろん、そんな状況に遭遇しないことを願っているけれども。
「お兄様…」
「ああ…」
なぜ二人ともそんなに青ざめているのかしら。
「ステーシアさん、僕ら魔導具師は殺傷能力の高い物を作る場合は事前申請が必要なんです。しかも、学生はそんなものを製作することは禁じられています」
「ええ、それぐらいの知識ならわたしにもあるわよ」
「だから!」
ディーノが苛立ったように大きな声をあげる。
「あんた、人間兵器みたいなってるんだよ!そのブーツで!切れ味の鋭いナイフを持ってあのスピードで走ったら、誰が切り付けたかわからないまま人を殺せると思う。言ってる意味わかるか?」
「まあ!暗殺者ね!?素敵っ!」
「ああぁぁぁっ、わかっちゃいねーし!」
喜ぶわたしの目の前で、ディーノが綺麗な銀髪をぐちゃぐちゃにかきむしりながら叫んだのだった。




