魔導具師6
ルシードは、材料を用意したのはわたしだという理由で代金はいらないと言ったけれど、なんだかんだいって足掛け3日かかったのだ。たくさんの注文を抱えているのに結局順番抜かししたような形にまでなってしまって「はい、そうですか。ありがとう!」ではこちらの気が済まない。
本当なら今すぐにでも風のブーツを履いて走ったり飛び跳ねたりしたくてうずうずしているのだけれど、それよりもまずは謝礼が先だ。
何かしらお礼をしなければ気が済まないというわたしの態度に根負けしたルシードが口を開いた。
「じゃあ、一度うちに遊びに来てもらえませんか。母が会いたがっているんです。僕を…ダンスパートナーに選んでくれたお礼を直接言いたいって…」
「あら、お安い御用よ。ちょうどよかった、ルシのお兄さんを傷めつけたことを謝罪しなければと考えていたの」
中途半端にしておくと返ってルシードがひどいことをされかねない。
ルシードの養父母に謝罪するとともに、その点について釘を刺しておきたい。
グリマン男爵家へ向かう途中に城下町に寄って、マリアンヌのお店でマカロンを包んでもらった。
馬車の中でルシードは、本当は兄・ディーノともっと仲良くしたいのだとボソっと漏らした。
「僕、小さい頃の記憶が曖昧でルシードっていう名前以外ほとんど覚えてないんですけど、僕には血のつながった兄がいたと思うんです。いつも守ってくれていたっていう記憶だけは何となくあるんです。だから兄弟は仲良くするのが一番だって思っているんですが、僕がこんなだから、ディーノお兄様に嫌われてしまって…」
継兄にイジメられて、それでも歩み寄りたいと言うルシードはなんて健気なんだろうか。
力でねじ伏せようとした脳筋な自分が恥ずかしい。
ここまで胸の内を明かしてくれたルシードのために、どうにか一肌脱げればいいんだけど。
グリマン男爵家では、突然の訪問にも係わらず男爵夫人――ルシードの養母が歓待してくれた。
「まあ、お会いするのは初めてかしらね。お噂通りの素敵なお嬢様だわ。パーティーのときはルシードを誘っていただいてありがとうございました。この子ったら血相を変えて突然帰って来て『ダンスのパートナーにって言われたんだけど着る服がない』って泣きそうになっていたのよ?まあ、この子がそんなことを言う年齢になったのねーって感慨深くてね」
ハイテンションでしゃべり続ける夫人の髪もまた銀髪だ。
応接室に案内される途中、廊下に飾られていた肖像画で確認したけれど、グリマン男爵夫婦はともに銀髪だった。
血統を守るために遠縁同士で結婚する家門もあると聞く。
一族が銀髪だらけなら、ルシードの黒髪はさぞや目立つことだろう。
だからディーノがルシードを毛嫌いしている理由もわからなくもない。きっと彼にとってルシードは異端すぎるのだ。
でも夫人のほうはどうやらルシードを溺愛しているらしい。
さっきからずっと、引き取って来たばかりの頃のルシードはやせ細っていて軽々抱っこできるほどだったとか、好きな食べ物は柑橘系のフルーツだとか、最近はあまり家に寄り付かなくなって寂しいだとか、ずっと話し続けていて、隣に座るルシードに目をやると、ごめんなさいという顔をされた。
「奥様、本日はわたくし、謝罪に参りましたの」
どうにか話が途切れたところで、今日学院で起きた出来事について切り出した。
「奥様の耳にも入ってらっしゃるでしょうから、わたくしがレイナード殿下とのことであれこれ言われる分には全く構いません。ですが、ルシードまでお兄様に悪く言われてしまうのが申し訳なくて、思わずカッとなってお兄様のことを膝蹴りして外にぶん投げてしまいましたの。大変失礼しました」
「まあ…。先ほど帰宅したディーノがボロボロだったのはそのせいだったのね」
夫人は目を見開いて言葉を失っている。
頭を下げて謝罪しようとソファから立ち上がったところで、夫人も立ち上がりわたしの手を握ってきた。
「よくぞやってくれました!」
ええっ!?
「あの子の素行が悪くて手を焼いていたの。親がいくら言っても聞かないし、かといって親が手をあげるのも逆効果だし、どうしたものかと思っていたのよ。あの子には多少荒っぽいお仕置きが必要だったんだわ。ステーシアさん、ありがとう!」
なんだか、感謝されている!?
「それでですね、今後のルシードとお兄様の関係がさらに悪化したらどうしようかと思いまして…」
「そこまで考えてくださっているの?ステーシアさん、あなたは何て優しい方なのかしら。こんな素敵なお嬢様が『婚約者失格』とか『頭がおかしい』とか言われているだなんて、世間の目はどうなっているのかしらね!いまディーノを呼んでまいります」
夫人が鼻息荒く出て行ったあと、ルシードに小声で聞いてみた。
「ねえ、お母様ってもしかしてマイペースで天然?」
「ははっ」
ルシードは眉毛を下げて乾いた笑いを漏らしたのだった。
夫人に引きずられるようにして、嫌々連れてこられましたという雰囲気を存分に醸し出しているディーノは、ふてくされたように唇を尖らせている。
「失礼なことを言って申し訳ありませんでした」
棒読みでそんなことを言っても、反省しているとは思えない。
「本当に申し訳ないと思っているなら、今後わたしくしのダンスパートナーをあなたが務めてくださる?」
「い、いやっ!それだけは勘弁してくださいぃぃっ」
ディーノが泣きそうな顔で夫人に「お母様っ、俺まだ死にたくないっ!」と訴えている。
「どういう意味よっ!ダンスで死ぬわけないでしょう!ねえ、ルシ?」
「いや…死ぬ…かも?」
そう言ったルシードにディーノが飛びついて、細い体を抱きしめた。
「だよな!そうだよな!ルシード、今まで悪かった!おまえがお母様に可愛がられているから嫉妬していたんだ。学院でも魔導具師として認められて、おまけにダンスにも誘われて、いい思いをしているとばかり思っていたら、おまえよくあのダンスに1曲分耐えたなっ。えらいぞっ!」
ちょっと、ちょっと!
何よそれっ!
わたしにとっては大いに不本意だったけれど、こうしてグリマン家の兄弟の和解が成立したのだった。




