魔道具師5
研究室の入り口でわたしたちの様子を見ていたルシードの元へと戻る。
「ルシ、お待たせ」
「ぼっ、僕はダンスは結構です!」
まあ、そんなに怯えなくてもいいのに。
「ああいうことは、よくあるの?あいつらは誰?」
問い詰めながら、ふとあの銀髪を思い出してサーッと血の気が引いた。
銀髪が特徴の魔法系家門といえば、グリマン家ではないか!
ルシードの家だ!
「まさかとは思うけど、さっきのあれ、親戚だったりする?」
「あー…ええっと…」
ルシードが人差し指で頬をかきながら、言いにくそうに告げた。
兄です。と。
いやあぁぁぁぁっ!
お兄様をコテンパンにやっつけてごめんなさいと平謝りするわたしを、ルシードは苦笑しながら許してくれた。
「兄っていっても、僕は養子なので血は繋がってないんです。よくああやって僕のことをからかってくるんですけど、今日は妙にしつこかったから助かりました。ステーシアさんはさすがだな。いつも毅然としていてかっこよくてうらやましいです」
ルシードが元は山賊に捨てられた孤児であることは、内密に調べたから知っていたけれど、それを本人には決して言うまい。
「もしかして、おうちでもイジメられていたりするの?」
ルシードはふるふると首を横に振る。
「いいえ、兄のディーノ以外は、みなさんよくしてくれます。特に母は血のつながりのないはずの僕をとても可愛がってくれて、あのパーティーの日に着たスーツも、急な話だったのに急いで用意してくれたんです」
パーティー当日の、ボサボサ髪をしっかり撫でつけていたあのヘアスタイルも、お母様自らが手がけたらしい。
庇護欲をそそる性格な上にメガネを外せば美少年のルシードは、年上の女性全般にとても可愛がられるはずだ。
おまけに一流の魔導具師になれる資質を兼ね備えている。
母親が養子を可愛がりすぎて実の息子がひねくれちゃったパターンなのかもしれない。
ルシードの兄・ディーノをこらしめているうちに、ちょうど本来の約束の時間になった。
ルシードと一緒に「工房」と呼ばれている部屋へと移動して、その天井の高さに驚いてキョロキョロしていると黒いローブを手渡された。
これを着ろってこと?
首をかしげているわたしに、ルシードが説明してくれた。
こういったローブには、魔法を吸収・中和する作用があり、騎士が鎧を身に着けるのと同じなのだと。
「つまり、このローブも魔導具みたいなものなの?」
「そうです。これはブラックシープという特殊なヒツジから採集した毛を織った生地に魔導具科の生徒が加工を施して、服飾科の生徒がローブに仕立ててくれるんですよ」
知らなかった!
ローブって、ただ「俺は魔術師だぜぇ」ってかっこつけるために着ているんだと思っていたわ!
「で?この防護服を着ないといけないぐらい危険な作業をこれからするの?」
ローブの袖に手を通しながら聞くと、ルシードはにっこり笑った。
「大丈夫です。ただ着用が義務付けられているだけなので」
持参したブーツと、きれいに整えたカモの羽が作業台に置かれる。
わたしはルシードの作業の邪魔にならないように斜め後方に離れて様子を見守った。
ルシードがブーツの側面に羽をあてがい、角度を調整してから手のひら全体で押さえた。
一瞬、ブワッ!と上昇気流のような風が発生してルシードの髪を跳ね上げ、高い天井に吸い込まれていった。
なるほど、だから天井が高いんだ…と感心しながら真上に向けていた視線をルシードの手元に戻すと、ブーツの側面に羽がぴったり張り付いて同化し、模様のように革に馴染んでいた。
「はい、どうぞ。逃げないように持っておいてください」
その出来上がったばかりと思われるブーツをわたしに手渡し、ルシードはもう片方のブーツに取り掛かり始めた。
え?逃げないようにって?
魔導具師なりのジョークなのか本気なのか、よくわからないままブーツを見ると、わたしの腕の中でカタカタと動いたような気がして、慌てて強く抱きかかえた。
そのときまたルシードから上昇気流がわき上がり、もう片方のブーツも完成したようだった。
左右、対になったブーツを作業台に並べると、またしばらくカタカタと動いたあとおとなしくなった。
「ありがとう、ルシ。お疲れさまでした」
「大事に可愛がってあげてくださいね。そうじゃないと、カモの羽だから北の国へ飛んで行っちゃうかもしれませんよ」
にっこり笑う顔は、ジョークなのか本気なのか、やっぱりわからなかった。




