魔導具師3
翌日、わたしは水辺で拾い集めたカモの羽を持って意気揚々とルシードの元を訪れた。
昨日の帰りの馬車では夕焼け空のせいで黄昏てしまったけれど、寝る前にしっかり筋トレをしてぐっすり寝たら、しょんぼりしていた気持ちは吹っ飛んでいた。
これが脳筋のいいところだ。
「ルシ!おはよう!」
またもやビクっと肩を震わせてからルシードは振り返る。
「おはようございます。上機嫌ですね」
「そうなの!見て、カモの羽を持って来たわ」
得意げに差し出した6枚の羽を受け取ったルシードは、ひとつひとつ丁寧にそれを確かめている。
「使えそうなのは…これとこれかな。失敗したときのためにこれも…」
失敗ってなに!?
「ねえ、失敗したらどうなるの?」
「風魔法の付与なので、最悪ブーツが細切れになります。あと、飛んで逃げていくこともあります」
当たり前のように言うルシードが悪魔に見えてきた。
細切れ?飛んで逃げる??
なにそれ、怖いんですけど!
「汚れを落として魔法の付与がしやすいようにトリミングしないといけないので、また明日来てもらってもいいですか?明日はブーツを持ってきてください。工房の予約を取らないといけないんですが、午前と午後どちらにしますか?」
ルシードは魔導具のことになると、普段のオドオドしている彼とは違って流れるように話す。
もうよくわからないことばかりで首をかしげるわたしに、わかりやすく説明し直してくれた。
羽は拾ってきたそのままを使うのではなく魔法を付与しやすくするための下準備が必要で、それは今日中にルシードがしてくれるらしい。
工房とは、学院内では魔導具を制作する工程の中で魔法を付与する作業は、工房という部屋で行わなければいけない規則があって、事前に何を作るのか、どういった作業をするのかという申請を出して予約しておかないといけないのだそう。
学生たちはまだ魔導具師の卵だから、工房を使用する際は教師が立ち合うことが多いけれど、ルシードはもう仕事の依頼が来るほどの技術と経験があるため、風のブーツを作る程度では教師の立ち合いはないだろうとのことだった。
「でも2か月前に、付与に失敗して指がちぎれかけてからは、医務室の先生がいる時間帯にしか使用許可がおりなくなってしまったんです」
ええぇぇぇっ!?
今、さりげなくまた怖いこと言わなかった!?
思わずルシードの手を取りよく確かめたけれど、指は10本ともくっついている。
「ちゃんと治してもらったので大丈夫ですよ。魔導具師にこういうケガはつきものですから」
指がちぎれかけるのが日常茶飯事ってこと?
魔導具を作るのって命がけなのね…。
魔導具の歴史を知る上で画期的な発明として授業でも採り上げられることの多い「冷蔵庫」は、生の食材が痛むのを防ぎ常温よりも長い日数保管できる保冷箱だ。
それ以前、上流階級は自宅の地下に、周囲を氷漬けにした氷室を備えていたのだけれど、それをもっと小型化し、メンテナンスも定期的に魔石を交換するだけで済む冷蔵庫は、今では一般家庭にも普及している。
その開発の裏には、何度も氷漬けになった魔導具師がいたのかもしれない。
体を張っているのは騎士だけだと思っていたら大間違いね。
首に傷痕があることにこだわっているなんて滑稽だわ。
ルシードは、指がちぎれかけてくっつけて、そんなことを繰り返しているんですもの。
魔導具師の過酷な実態と、医務室の先生の優秀さを思い知る一日となった。




