魔導具師2
既製品のブーツに風魔法を手っ取り早く付与するには、空を飛ぶことのできる鳥の羽を用いる方法があるらしい。
空を飛べる鳥なら何でもいいというわけではない。できるだけ大きな鳥、あるいは高い魔力を持つ鳥型の魔物の羽なら効果も付与の成功率も上がるという。
鳥型の魔物といえば、グリフォン、ガルーダ、ハーピーとか?
「素材としての鳥型の魔物の最高峰はフェニックスです」
「いや、それ取って来るの無理でしょ!?」
そうですね、とあっさり言ってルシードはわずかにずり落ちたメガネを元の位置に戻す。
「野鳥だったら、せめてカラス以上の大きさでお願いします。理想はワシとかコンドルかな」
コンドル!?
「ねえ、それって『コンドル』っていう名前の人間の髪の毛とかでは意味がないわよね?」
ルシードが黙ってじっとわたしを見ている。
何言ってるんだ、この人は…そう思われたに違いない。
「空を飛べるわけじゃないんでしょう?その人」
「はい、すみません…」
もうっ、コンドルの役立たずっ!
「わかったわ、とにかく羽を何枚か集めて来るわね。またね!」
学院の敷地内やその周辺をウロウロして探してみたものの、普段何でもないときはよく見かけているような気がした鳥の羽が全く落ちていなかった。
最悪、家にある羽ペンで代用しちゃう!?
お母様の羽つき帽子の羽をむしり取るっていう手もあるわね。
そこまで考えて、あれは一体何の鳥の羽なのかしらと思った。
学院の外で待たせていたビルハイム家の馬車に戻ると、御者に羽ペンは何の鳥の羽なのか知っているかと聞いてみる。
「確かあれは、アヒルとかガチョウじゃないですかねえ」
アヒルとガチョウ…飛んでいるのを見たことがないけど?
飛行能力が高い鳥でないと意味がないから却下だわ。
となると…。
「カモは空を飛べたかしら?」
「種類にもよりますが、この時期はちょうど北の方から飛んで渡ってくるカモがいますよ」
渡り鳥!
それは飛行能力バッチリだわ!
「いますぐそのカモのいる池に連れて行ってちょうだい!」
興奮気味にお願いすると、御者はたじろいだ。
「まさか…池に入るとかおっしゃらないでくださいね?私が奥様に叱られるので」
「大丈夫よ、羽が欲しいだけだから」
「カモの羽をむしってどうなさるおつもりですか!?」
カモを食べようとしているわけじゃないですからねっ!!
大丈夫と言っていた割に、羽探しに夢中になりすぎて、結局足元を泥だらけにし、スカートの裾を水浸しにしたわたしは、御者に散々文句を言われた。
ブーツが濡れるといけないと思って裸足になったのが返って失敗だったかしら?
「お嬢様!このままでは馬車の中が汚れてしまうので、乗っていただけません!」
「じゃあいいわ、歩いて帰るから」
羽を6枚拾えたわたしは上機嫌だった。
どろんこの足のままブーツを履こうとすると、また止められた。
「ご冗談はおやめください。こんな汚らしい装いで歩いていたと噂が立てば奥様に叱られますよ?まったくもう、お嬢様は自由すぎます」
馬用の飼葉桶に池の水を汲んでわたしの足を丁寧に洗ってくれる御者ななんだかんだといいながら面倒見がいい。
スカートが濡れたままなので、馬車の中ではなく御者台に乗せてもらって帰った。
空を飛ぶ鳥たちを見て、あんなふうに自由に国境を越えてどこか遠くへ飛んでいけたらいいのにと思う。
わたしはちっとも自由なんかじゃない。
レイナード様は今頃、ナディアの国で楽しく過ごしているのだろうか。
あちらは着実に婚約破棄の準備を進めているというのに、わたしは騎士団の訓練では「猿回し」と言われ、野鳥の羽を求めてどろんこになって…まだ何も結果を残せていない。
困ったわね。
夕焼けに染まる空に、仲良く寄り添うレイナード様とナディアの姿が浮かんできて泣きそうになった。




