魔導具師1
長期休暇中に学院を訪れた。
授業はないけれど、休暇中でも学院自体は開いている。
図書室での読書や自主学習、専門学科では休暇中でも熱心に研究を続ける学生もいるし、様々な家庭の事情で実家に帰らない者もいる。
わたしの場合は休暇中は自宅で過ごしているため、今日はビルハイム家の馬車でここまでやって来た。
いつもの癖で中庭を覗いてみたけれど、そこにレイナード様とナディアの姿はない。
いないだろうと見越して今日はいつもの「悪役令嬢スタイル」ではなく、とてもシンプルなワンピースを着て来たから体が軽い。
初めて足を踏み入れた場所は、魔法科の校舎の中でも魔導具師を目指す生徒が集まる研究室だった。
魔法科の校舎は、普通科のわたしにとっては目に飛び込んでくる物すべてが新鮮でわくわくする。
床が木製ではなく石なのだけれど、クレーター状にへこんでいる箇所があったり、「立ち入り禁止」と書かれた板で塞がれたドアの隙間からこれまで嗅いだことのないような異臭と紫色の煙が漏れ出ている部屋があったり…。
キョロキョロしながら奥を目指し、ようやく「魔導具研究室」と書かれた部屋を探し当てた。
ドアを開けると、ボサボサの黒髪と丸まった背中が見えた。
やっぱりいた。
何となく、いる気がしたのよね!
「ルシ、ごきげんよう」
何かの設計図らしき図面を書いている様子のルシードに近づきながら声をかけると、驚いたのかビクっと肩を上げたあとゆっくりと振り返る。
「や、やあ、ステーシアさん。ご、ご、ごきげんよう?」
ルシ、あなた嚙みすぎよ。
しかも、声を掛けてきたのがわたしだとわかって、さらに怯えるってどういうことかしら。
「ダンスなら、僕はもう無理…」
「ちがうの、今日は魔導具師としてのあなたの腕を見込んでお願いがあるの」
ルシード・グリマンに関して、ビルハイム家の執事にお願いして少し調べさせてもらった。
グリマン男爵家は、優秀な魔導具師を多く輩出している家門ではあるけれど、たしか彼らの血縁者はほとんどが銀髪だった気がしたのだ。
この国では珍しい黒髪で黒い目をしたルシードがグリマン家の血を本当に受け継いでいるのか――それは決して好奇心ではなく、ルシードの魔導具師としての資質を知りたかっただけなのだけれど、結果として彼のあまり幸せとは言えない生い立ちをあぶりだしてしまう結果となった。
ルシードは幼い頃の記憶が曖昧で、自分がどこの出身でどんな家庭に生まれたかほとんど覚えていないという。
10年前の騎士団による山賊一掃作戦下で、山中で倒れているところを発見されたときには高熱にうなされており、おそらく山賊が足手まといになる病気の子供を置いて行ったのだろうということで保護された。
病気が治った後、孤児として孤児院に預けられたが、引っ込み思案で人付き合いが苦手なために何年たっても馴染むことができず、見かねた院長が専門職の才能があるのならその家門との養子縁組を検討したほうがいいかもしれないと決心して早めの鑑定を依頼したらしい。
適正鑑定は、例外を除いて15歳以上でないと受けられないと定められている。
それまでに歩んできた経験や環境の積み重ねがあってこそ、正確な適正鑑定が出来るからだ。それよりも幼い年齢で行うと、生まれつきのポテンシャルとしての魔力量ぐらいしか測れないのだが、ルシードは推定年齢11歳で「星3の魔導具師」という結果が出たらしい。
念のため別の鑑定士が鑑定しても結果は同じだったとか。
そこで魔道具師の家門として最も優秀で歴史のあるグリマン男爵家との養子縁組が決まり、引き取られたのが5年前。
グリマン家の家族たちにはとても大事にされ、将来を嘱望されている若き魔導具師のようだ。
魔導具とは、原動力が魔力の道具のことだ。
使う者が魔力を流すことで発動する道具や、そのかわりに魔力をこめた魔石を仕込んである道具、魔導具師が魔法を流し込むことで半永久的に効果が続く道具などがある。
魔導具の悪用を防止するため、魔導具師の権利を守るため、そして責任の所在を明確にするために、新たに発明した魔導具は全て登録しなければならないと法律で定められている。
さらに、殺傷能力の高い魔導具を製作するには事前の申請と承認が必要となる。
「魔導具の依頼ですか?」
「うん、話が早くて助かるわ」
するとルシードは、とんでもないことを言った。
「僕の作る魔導具は納期が3か月後になりますけど、それでもいいですか?」
な、なんですって!?
「どういう意味?そんなに注文が来ているってこと?」
ルシードはこくこくと頷く。
「こうして休日返上で頑張って作り続けても、3か月先ですね」
どれだけ注文抱えてるのよ!
もういっぱしの職人並みじゃないの。
「それ、代金を倍払うから順番早めて欲しいとかは…ないわよね」
「はい、そういうシステムではないです」
こういう交渉のときは、ルシードの口調も表情も実にしっかりしている。
「残念、そうよね、すぐに作ってもらえると思っていたわたしが甘かったわ」
ちなみにどんな道具の依頼だったのかと聞かれて、風のブーツだと正直に答えた。
走るスピードが速くなり、ジャンプも高く跳べるようになるという代物だ。
それがあれば、レオンと対峙しても捕まることなく逃げ回れるかもしれない。
「なんでまたそんな物を?」
ルシードが首をかしげる。
「うちにいるゴリラがね、最近恋してて暑苦しくてかなわないの。だから鬼ごっこで負けたくないのよね」
「すごいな、伯爵家ともなるとゴリラを飼育しているんですね。運動も必要ですもんね。うーん…」
長兄のレオンのことを冗談めかして言っただけなのに、しかも支離滅裂な理由なのに、それを素直に受け取って勘違いしているルシードが可愛い。
推定年齢は16歳ってことになっているけど、実際はもう少し若いんじゃないかしら?
「わかりました。既製品のブーツに風魔法を付与するだけなら手間ではないので、材料さえ揃えて持ってきてくれたらすぐに作りますよ」
「ルシ、ありがとう!材料はブーツ以外に何が必要かしら?」
ルシードはにっこり笑って言った。
「鳥の羽です」




