馴れ初め2
ちょうどわたしたちを探していた侍女と森の外で出くわしたとき、侍女は怒るよりもギョッとして言葉を失っていた。
わたしは自分自身がどのような状態だったのか知らなかったけれど、手足だけでなく頭や顔からも血を流し、それでも笑って歌いながらレイナード様の手を引いて森から出て来たのだと後から聞いた。
その場に、騎士団の仕事で忙しいはずの父まで駆けつけてきて、その姿を見た途端、緊張の糸が切れたようにわたしは気を失ってしまったのだった。
目を覚ました時、わたしは自分の部屋のベッドに寝かされていた。
なんだろう?全身が熱っぽくて、むずがゆい。
腕に巻かれている包帯を見て、吸血コウモリの群れに襲われたことを思い出した。
ああ、失敗しちゃったな。
レイも今頃、うんと叱られているんじゃないかしら…。
起き上がったタイミングで、二人の兄が部屋に入って来た。
「なんだ、起きてるじゃないか」
「お父様がオロオロしてるから死ぬのかと思ったぞ?おてんばもほどほどにしておけよ」
どうやらみんなに心配をかけてしまったらしい。
当時レオンは17歳で、全寮制の高等学院に在学していたために自宅にはいないはずだったのだけれど、わたしが大怪我をしたと聞いて駆けつけてくれたのだろう。
「ごめんなさい…」
しゅん、となって謝ると、長兄のレオンがそっと優しく抱きしめてくれた。
「エライぞ、ステーシア。レイナード王子をよくぞ守り切ったな。それでこそビルハイム家の騎士だ!」
ビルハイム家の騎士――長兄のその表現に心が躍った。
レイナード様をお守り出来てよかったと心から思った。
しかし、褒めてくれたのは兄たちだけだった。
父からは大目玉をくらい、母は、首の噛み痕が化膿してひどい炎症を起こしているから一生残る傷になるかもしれないと嘆いて泣いていた。
それでも、親からの大目玉は慣れっこだったし、母には内緒だけどほかにも木登りをしていて折れた枝と共に落下した際に、その細い枝先が刺さった痕がお尻に残っていたりもする。
炎症のせいでそのあとしばらく高熱が続き、部屋から出られるようになったのは2週間後のことだった。
その間、レイナード様のお名前で花やお菓子が我が家に届くことが数回あり、一回だけだったけれど『具合はどうですか。心配しています』という手書きのお手紙が添えられていることもあった。
熱が下がってからすぐに返事を書いた。
高熱で寝込んでいたことや、痕が残ると言われている化膿した傷が今はかゆくて仕方ないことなどは、さすがのわたしでも書くわけがない。
わたしはレイナード様をお守りする騎士なのだ。
『心配ありがとう。わたしは元気です。レイに会いたいです』と書いて母に言づけた。
しかし、その翌週、わたしはレイナード様の騎士ではなく、なぜか婚約者になってしまったのだった。