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【書籍化】円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語  作者: 時岡継美
本編

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閑話・レオンの恋2

 帰りの馬車の中で兄に感心されてしまった。


 これまで聞きたくてもどう聞いていいのかわからなかったマリアンヌの個人情報をわたしが短時間であっという間に聞き出しただけでなく、自宅に招く約束までしてしまったのだから。



 平民だと男女の恋愛は、性別問わずに仲間内でわいわい遊んだり食事に行ったりしているうちに、なんとなく二人きりで会う回数が増えていき、自然とカップルになっているというケースが多いと聞いている。

 学院内にも、友達から始まって恋人に発展した人たちもいる。


 そういう場合だと、改まって「好きです、お付き合いしてください」と告白して「今日からわたしたちは恋人同士です」となるのではなく、気が付いたらそういう関係になっていて、あとから「わたしたちって付き合ってるんだよね?」と確認したりするらしい。


 しかし貴族は少しそれとは事情が違う。

 長男や長女は特に、幼いころから許嫁がいて政略結婚するパターンが圧倒的に多く、自由な恋愛すら許されていない。

 我がビルハイム家は代々、政治よりも筋肉への執着が強いため、積極的に子供を政略結婚させる方針ではないけれど、それでもわたしは王太子殿下の婚約者にさせられてしまったのだ。

 

 レオンにも縁談がちらほら来ているというし、のんびり自然な流れで恋人に…とは言っていられない状況だ。


 レオンお兄様、ここまでお膳立てして明日マリアンヌに告白しなかったら、殺すわよ。



 帰宅して、母に「明日、レオンお兄様の想い人が来るから」と言ったら、大変な騒ぎになった。


 部屋に飾る花の手配を!だの、いますぐ庭師を呼んでちょうだい!だの、明日はどんな服装でお出迎えしようかしら!?だの…。


「いや、あのね、お相手は平民のお菓子職人さんだし、まだ恋人でもないんだから、あんまり大げさなことをして相手が引くと逃げられちゃうでしょう?」


「何時から何時までの滞在なの?お食事はどうしようかしら!?」


 ああもう、聞いちゃいないし!



 明日のマリアンヌの訪問は、わたしにお菓子作りを教えてくれるという名目なのだから大げさなことはしないでほしい。

 お母様だって昔、カフェ店員だった頃があるでしょう?その頃を思い出してほしい。

 そう言って母を落ち着かせるのに随分と時間がかかった。


「大体ねえ『猛アタック中』って聞いていたのに、レオンお兄様ったら黙って紅茶を飲んでいるだけなんだもの、アタックでも何でもないのよ、情けない」


「あら、あの人にそっくりね。あなたたちのお父様も、何時間もカフェに居座って、怖い顔で無言のままひたすら珈琲をおかわりするだけだったから、最初はお仕事で張り込みでもしているのかしらって思っていたのよ」

 母が昔を懐かしむように微笑んだ。


 やだ。

 レオンお兄様のヘタレはお父様譲りだったのね!



 翌日、家の馬車で迎えに行ったレオンに連れられて、手土産にマカロンを持ってやって来てくれたマリアンヌの顔は蒼白になっていた。

 どうやら、うちが伯爵家であることを、たった今知ったらしい。


 十代の青春時代をお菓子作りに捧げたマリアンヌは良くも悪くも世間一般とはズレていて、レオンが騎士であることだけは本人から聞いて知っていたものの、実家が伯爵家であることは知らなかったし、そもそも高位貴族たちは雲の上の存在で一生自分には無関係だと思っていたらしい。

 城下町の娘の中には、玉の輿を夢見て貴族の名前に詳しい人も多いけれど、マリアンヌはそういった理由から、レオン・ビルハイム、ステーシア・ビルハイムという名前を聞いてもピンとはきていなかったようだ。


 ここでさらにわたしが、王太子殿下の婚約者とでも言おうものなら、彼女はきっと逃げ出してしまうだろう。

 幸いなことに?もうすぐ婚約破棄される身だから、わざわざ言う必要もない。


 マリアンヌが騙されて伯爵家に連れて来られた!とか思っていやしないだろうか。

 ここは勢いよっ!


「マリアンヌさん!いらっしゃい!さっそく厨房に案内するわね、今日はどんなお菓子の作り方を教えてくださるのかしら、楽しみにしていたのよ」


 背中をぐいぐい押して厨房まで行くと、そこに母が待ち構えていた。

 何の飾りもないシンプルで質素なワンピースを着て、髪もおだんごにしてまとめている。

 昨日しっかり言い含めておいて正解だった。


 それでもマリアンヌにとっては、母は「伯爵夫人」なわけで、もう今すぐに帰りたいという心の叫びが聞こえそうなぐらい狼狽しているマリアンヌを、母がそっと抱きしめた。


「大丈夫よ、緊張なさらないで。実はわたくしも昔は城下町のカフェ店員だったのよ」

 そう言って、母がそのカフェの店名を言うと、マリアンヌは驚いたように顔を上げた。


「ガトーショコラが有名なあのお店ですよね?」

「そうなの。今も昔も変わらず、みなさんに愛されているカフェの看板娘だったのよ。あのガトーショコラ、今日一緒に作ってみない?」

「はいっ!是非お願いします!」


 さすがお母様だわ、掴みはオッケーね!

 というか、わたしにガトーショコラはレベルが高すぎるのだけど?

 

 そう思っていたら、マリアンヌが「チュイール」というお菓子を提案してくれた。

 スライスアーモンドが入った生地を薄く伸ばして焼くサクサク食感の焼き菓子らしい。


 材料をささっと混ぜて、フォークで伸ばして、オーブンで焼くだけ…のはずが、1枚1枚かたちはいびつだし、均一の薄さに広げるのに時間はかかるしで悪戦苦闘した。


 そんなわたしの横で、母とマリアンヌは、こっちのほうが実の親子なんじゃないだろうかと思うほどすっかり打ち解けた様子でガトーショコラの生地作りをしていて、その様子を厨房の入り口から覗いているレオンがいたのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 入り口から覗いているレオン [一言] 笑 ランキングから来て読み進め中。 楽しい〜 続きに戻ります!
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